市長となったSは、「このままではこの町は財政破綻する可能性がありますよ」と言い続けた。その言葉を受け入れられない市民は、市長は嘘つきだと言う。理解できない市民は嫌いだと言う。そういう人が集まると反市長派ができる。そして市政刷新ネットワークの支援者になる。

 

 俺がこの町に戻ってきたきっかけの一つは、ガラス張りの特徴的な外観を持つ市民会館が新設されたことである。市民会館が完成すると、観光協会の解散や無印良品出店否決の舞台となった「道の駅」の建設が始まった。

 そして、Xさんの映画製作話は「田んぼアート事業」という数億円規模の事業に拡大される。

 前々市長の時代の後半、「市民会館の新設~温泉付き宿泊施設の新築~道の駅の建設~田んぼアート事業の立ち上げ」という大きな事業が連続して立ち上がった。それぞれ十数億単位の予算規模である。ちなみに、この町の年間予算は約20億円だ。

 市民会館には町の文化振興、宿泊施設や道の駅には観光客誘致という名目がある。しかし、それぞれに年間2千万円近いお金が市から注ぎ込まれている。「赤字施設・赤字事業」なのである。しかも、それぞれの指定管理企業にはW議員や山川さんがからんでいる。

 もちろん、市の予算案を承認するのは市議会である。赤字が増えれば、市からの支援額を増やした予算案が提出され賛成多数で承認される。市長も議長も共犯だ。そして市の財政赤字は改善どころか悪化の方向に進む。

 夕張市のケースとの共通項は少なくない。

 

 話を戻そう。

 Xさんからの映画製作依頼は、「自分が身に付けている地元の伝統農法の後継者がいない。このままでは滅びてしまうので映画にして残したい。その映画を若い人に見てもらって興味もってくれる人がいたら、地域おこし協力隊として迎えて後継者として育てたい」というものである。

 その気持ちはわかる。しかし、その目的を達成する方法は映画なのかという疑問が残る。映像化にこだわるのであれば、いつも俺が作っているこの町のPRビデオでも十分ではないか。それをYouTube・SNSを使って拡大すればよい。まして若い人に見て欲しいなら1本5~10分程度に納めた方がよい。インスタのショートとかでもよい。

 

 ところが…だ。

 Xさんや山川さんは、要するに「映画にするには地味だ」と理解したらしい。

 それは間違っていない。だからノンフィクション、ドキュメンタリー映画にという提案をした。しかし、彼らは「映画」にこだわった。

 そして、Xの持つ農法を派手に表現するには…と考え「田んぼアートを始めよう」と言い出した。市内の休耕地を市が買い取り、そこに「展望台やカフェなどを併設する田んぼアート公園」を作るという事業だ。田んぼアートはXさんが持つ技術でできると言う。そして田んぼアート事業の中には映像制作予算も含まれており、それで映画化もする、興行会社への依頼もすると言うのだ。

 

 これはまだ前々市長の頃の話。俺が観光協会所属だった頃の話。

 Sはまだ銀行員である。