高校でやっていた探究学習のお手伝いを中学でもすることになった。

 俺の母校だ。ということは市長であるSの母校でもある。姪もいる。そして、姪のクラスにはお祖父さんが市政刷新ネットワークという生徒さんがいる。

 

 探究学習の導入として、日本全体の人口減少のデータを示し、この町の人口動態と比較して課題を把握し、20年後、50年後を想像する。

 そして探究学習は「大人になったら役に立たなくなる学びではなく、大人になった時のための学びである」と言って締め括り、質問はと問いかけた。

 

 「人口が減るのは、この町だけの問題ではないんですか」という声がした。

 その男の子は、足を机から出して少しキツイ目で俺を見ていた。悪い子ではなさそうだ。だが、家族からは甘やかされて育ってきたような感じの子だ。

 「さっきも言ったように、日本全体に起きている現象です。また、日本だけでなく、ヨーロッパ諸国でも人口動態が減少に進んでいる国があります。それぞれの国で、人口減少を前提とした社会の作り直しをしています。」

 

 「それはS市長が言っているだけのことではないんですか」

 「さっきのデータをもう一度出しますね。これは日本の厚生省・総務省が出している人口予想のデータです。世界人口の動態は国連が出しています。いずれも政府・国際機関の調査に基づく公式見解で、ネット上に公開されているものです。人口減少は妄想ではなく、複数の専門家による客観的な研究結果です」

 

 「でも、東京は増えているんですよね。」

 「東京は増えています。ただ、東京都の出生率はこの町より低いです。ですから東京もやがて減ります」

 

 「東京の人口が増えているのは、高校を卒業して東京の大学に進んだり、就職したりする人が多いからです。なぜ多いかと言うと、全国からそういう人が東京に向かうからです」

 「S市長は、この中学の卒業生でみんなの先輩です。市長さんは大学で京都に進み、就職で東京に出ました。」

 「僕はもっと勉強したい、大学に進みたいと思って東京に出ました。この町には大学がありません。役者になりたいと思っていましたけど、この町にその仕事はないですよね。そうしたらこの町から出るしかないんです」

 「でも、それもこの町だけのことではないです。日本中には大学のない町の方が圧倒的に多いです。そういう町に生まれて大学で勉強したい、大学に行かないと成れない仕事に就きたいと思うと地元を離れないといけません。先生とか看護師とかもそうですね。そういう人の多くが都会を目指すからです」

 

 「ただし、昨年、日本で生まれた人の数は約75万人です。10年前の半分くらいになりました。分母が減れば東京に出る人の数も減ります。そして東京の出生率はこの町より低いです。東京もやがて減ります」

 

 「ちなみに、昨年のこの町で生まれた赤ちゃんは110人です。110人に80年を掛け算してください。8,800人ですね。これが80年後のこの町の人口予想です。80年後、みんなは90歳を越えたくらいですね。そうすると8,800人になったこの町を見ることができる人もいるでしょう」

 

 一週間後、姪が俺に言った。

 「あれから、あいつ大人しいんだよ。ほら、お祖父さんが市政刷新ネットワークだって子。質問してた子」

 その子の名前を聞いた。少しやばいと思った。

 それは、市政刷新ネットワークの中心人物の一人と同じ名だった。

 ここでは、Xさんとする。

 Xさんは、W議員よりは年下で、山川さんよりは年上。しかし、二人ともXさんには頭が上がらない。

 そして、XさんはSのことを激しく憎んでいる。