新聞や週刊誌などの「紙媒体」にも、地元市民の声として「S市長が嫌いだ、辞めて欲しい」という記事が載るようになってきた。

 「県外の人はSが市長になってうらやましいとか、すばらしいと言うけど、地元の人間は誰も喜んでないよ。」「公民館やプールはなくなったし、人は減るし、水道料とか上がったし、Sが市長になってから暮らしにくくなったわ」

 文脈としては、「ネット上では高い評価を得ているが、地元の人は喜んでいない、評価していない、嫌っている」である。この手の記事が増えてきた。

 

 ちなみに、妻・姉・母はS市長を評価している。3人でよく話題にしている。

 政治には無関心だった義兄も、最近Sが市長になってよかったと言い出した。

 

 父は家族の前では無言である。ただ、俺と2人の時は少ししゃべる。

 市議会議員を2期つとめ、この町の表も裏も知ってしまった父は、Sにこの町の裏で行われていることを正して欲しいと思っていると言う。

 

 お前が東京の大学に行きたいと言った時、大学を出たら戻って来て市役所かJAの職員になれと俺は言った。市議会議員なら、自分の子供を地元の安定した仕事に就けることができると言われたんだ。当時の俺は、それが不正であることに気づけなかった。田舎ではよくあることぐらいの認識しかなかった。

 俺が市議会議員になったのは、山川さんに頼まれてのことだ。だから山川さんには貸しがある立場だった。長男であるお前の就職のことで貸しを返してもらおうくらいの意識だった。

 

 でもな、それがいけないんだ。それがW議員や山川さんのやり方なんだ。

 俺の家は、W議員や山川さんみたいな人とは関係なく農業をやってきた。ただ、亡くなったじいさんが若い頃山川さんに世話になったらしく、その借りを返すために息子の俺は市議会議員になった。じいさんの借りは返して、俺は山川さんに貸しを作った。お前のことで山川さんへの貸しは返ってきた。貸し借りの清算は終わった。

 だから、俺はもう山川さんには関わらないようにしている。投票もしていない。

 貸し借りの関係を作って、そこから自分の支持者を増やすと言うときれいすぎるな。支配する、自分の言うことを聞かせる、逆らえないようにするってのが実際なのはお前も感じているだろ。

 

 ここは田舎だし、農業は一人ではできない。だから助け合うことは大切だ。

 だが、貸し借りはダメだ。借りを抱えた人間は、貸してくれた人の奴隷になってしまう。この町には、W議員や山川さんの奴隷がたくさんいる…市会議員を2期つとめて気づいたのはこのことだ。それがこの町の病巣であり、人口減少や財政赤字の原因なんだ。

 町の貯金を崩して20人しか使わないプールを維持する。そうすれば高齢者は喜ぶ。いい町だと思う。この町は発展していると信じる。山川さんに任せておけば大丈夫だと思って投票する。その悪循環なんだ。

 だから、俺はS市長の言っていることがよくわかる。市長もW議員や山川さんが裏でやっていることを知っているはずだ。議会での言い方がきついと言う人もいるが、あの人たちがやっていることを知っていればかなり我慢している方だと俺は思う。

 Sに長く市長をやってもらって、この町から不正や貸し借りをなくして欲しい。

 

 でもな…と父は続ける。

 それは、山川さんたちのやり方を支持する市民の問題でもあるんだ。

 かつての俺は、「それくらい田舎では当たり前」と思っていた。

 でも、それがいけないんだ。その認識を変えないとこの町はよくならない。