恫喝裁判の一審判決が出たのは年末のことだ。

 翌日から官公庁は冬休みに入る。控訴期限は1月9日だ。

 

 1月3日、市政刷新ネットワークの新年会が開かれた。

 この新年会は恫喝裁判の祝勝会でもあり、Y女史は今日の主役と言ってよい。周囲の人々の祝福に笑顔で応えつつ、お酌に励んでいる。

 そんな風景に少し嫌悪感があって、俺は料亭のロビーに避難していた。そこにY女史がやってきて、控訴しようと思うけどどう思いますと俺に尋ねてきた。

 どうしたんですかと聞くと、うつむいて裁判費用を支払うのが難しいという。控訴して賠償金を取らないと払えない…。

 どうしたんですか…と問うと、年末、主人からひどく怒られたという。ご主人は市政刷新ネットワークのブログを見て、そこに俺が画像にして添付した判決文を読み、判決内容を正しく理解した。もちろん、市政刷新ネットワークの主張や、地元地方紙が「Y女史の全面勝訴」と書いていることがおかしいこともだ。

 

 お前は判決文を読んだのか、理解しているのか、本当に全面勝訴と信じているのかと追及された。そして「今すぐ270万円持ってS市長のところに行って詫びを入れろ」と言う。「お前が行かないなら俺が行く」とも言う。

 それは…と言い淀むとご主人は、「じゃあ勝手にしろ。この始末はお前がつけろ。次の選挙用に準備していたお金があるんだろ、それで払え。俺は協力しない。」と。

 

 「みんなこの裁判は私の勝ちだと言う。でもそれならなぜ、私が裁判費用の9割を払わないといけないの。」

 「あなた、S市長と中学で一緒だったんでしょ。Sは何を考えていると思う。あなたならわかるでしょ。教えて。」

 

 Y女史の周囲に本当のことを理解できる人はいないようだ。唯一、ご主人が理解できる人だったがY女史はその人を怒らせてしまった。

 俺は、本当のことを伝えようと思った。

 

 「この裁判の主導権が、被告側に移ってしまったことわかりますか。」

 「名誉棄損について、S個人の責任は棄却されたでしょ。名誉棄損の成立要件は公人としては不適切だったです。この段階で、この裁判はYさんとSとの個人裁判ではなくなったんです。Y議員が市を名誉棄損で訴えた裁判になったんです」

 「裁判費用30万円の支払い義務は市にある。市の予算から執行しないといけない。となると市は控訴します。市民の税金から払う訳にはいかないからです。市民の納得を得るためには最高裁まで粘る姿勢も必要です」

 

 「市は確実に控訴してきます。それはS市長がYさんのことを感情的に許せないからとか、市政刷新ネットワークへの意趣返しとか、判決に不服だからとかではないです。もうわかりますよね。Yさんが控訴するかどうかを迷うという次元の話ではないんです」

                   (つづく)