弁護士をしている友人は、俺の質問に答えるというより、自分の考えをしゃべり始めた。こいつもS市長のファンになりつつあるのかもしれない。

 

 「名誉棄損は認められた。だがそれ以外の請求は棄却されている。つまり、判決は『一部勝訴』というのが事実だ。実質的な勝利者は被告だな。原告が裁判費用の9割を負担するってことが、この裁判の責任が誰にあるか、誰が勝ったかを示している」

 

 「ただな、この裁判はちょっと特殊だ。裁判所は公人・市長としての責任を問うた。この段階でこの裁判の被告は市になる。ということは、裁判費用9:1の1、つまり30万円は市が払うことになるんだ。」

 そういって以下のようなことが想定できるという

 

①市が控訴する。税金からの支出を避けたい場合、市は控訴する。

②市が支払ってこの裁判を終結する。その場合、支払いについて市議会の承認が必要になる(お前の町の市議会だからもめるだろうな)。

③市が、S市長に支払い請求をする(プールの水を出しっぱなしにした学校の先生が弁償するケースがあるだろ。一応法的にはそういう請求が可能なんだ)。

 

 俺は、原告のY女史にとって最悪なことは何かと聞いた。二つあると言う。

 「一つは、市が控訴することだ。おそらく、控訴審も原告の一部勝訴で終わる。賠償金は認められず、Y議員の裁判費用だけが増える。」

 

 「もう一つは、市が敗訴を認めて裁判費用の支払いをしようとすることだ。その場合、議会の承認が必要だろ。市議会の場で、原告Y議員にとって都合の悪い事実が二つ明らかになる。」

 

 「まず、市議会議員が市の予算に損害を与えたということだ。金額は30万円だし、30万円はY議員の所得になるわけではない。でも市民の多くはY議員が税金から30万円貰ったと思うはずだ。市議会議員が市を訴えてどうするというそもそも論も出るだろうな。そうなるとY議員への印象が悪くなる。」

 

 「何より『9:1という事実』を市民が知ることになる。議会では、なぜ30万円なのかの説明が必要だろ。裁判費用300万円のうち、勝ったY女史が270万円負担するということがどういうことか、多くの市民が知るはずだ。しかもY議員は原告だ。Y議員が仕掛けた裁判で、Y議員が自爆したってことが議会の場で明らかになってしまう」

 

 そして友人は俺に、S市長ならどうすると思うと聞いた。

 少し考えて、俺はこう答えた。

 

 「Sは控訴すると思う。議会には諮らず、専決権を行使して控訴に踏み切る。理由はY女史を庇うためだ」

 「議会に諮れば、その場でY女史にとって都合の悪い事実が明らかになってしまう。Y女史は、夫の地元であるこの町で暮らしている人だ。だから、この町で暮らせなくなるような事実が明らかになることは、Y女史にとって死刑判決に等しい。」

 「Y女史は、この町で女性や弱者の権利を守る活動をしてきた人で、そのことで救われている人も少なくない。この町には必要な人だ。この町しか生きていく場所がない人だ。Sはそのことをわかっていると思う。だから、諸々のことは自分が被るつもりだろう。専決権を行使すれば、それはそれでもめるはずだ。だが、議会がもめることよりY女史を守ることを優先するだろう。高貴なる義務だな。」

 

 俺の答えを聞いて友人は答えた。

 「俺もそう思う。そして、S市長は次の市長選には出ないと思う。

  S市長は、お前の町でしか生きられない人ではないからな。」

 

                               つづく…