Y女史が、Sを「名誉棄損」で訴えてしばらくした頃、俺は福島県に行った。

 俺が行ったのは当時原発事故による避難指示が出た地区だ。もちろん、避難指示はとっくの昔に解除され、人々の暮らしが再開されている。

 そこに、東京から移住して演劇を通じた町おこしを試みている人たちがいる。

 その中の一人に、大学の演劇サークルの後輩がいる。

 後輩は、地域おこし協力隊として移住し、そこでシェアハウスを開設した。

 地域おこし協力隊の任期が終わるまでにその経営を軌道に乗せ、スタジオも整備した。今はスタジオで自主公演するまでになっている。

 また、演劇関係者には大道具・照明・音響などイベントに強い人材がそろっている。地元の人が震災で途切れた町の祭りの再開を試みた時、そのお手伝いすることでコミュニティへの参加も果たしている。

 

 そこで1週間ほど過ごした。こんなことを聞いた。

 

 東日本大震災では多くの人が亡くなった。その悲しみの中、行政の責任を問う裁判を起こした人もいる。その多くで「行政が敗訴」しているという。

 判決の妥当性を俺が判断することはできない。

 わかるのは「行政の責任は俺が考えるより大きい」ということだ。

 となると、Y女史が名誉棄損で訴えた裁判もSが敗訴する可能性が高い。

 恫喝なのか、名誉棄損なのかということよりも、「Sが市長であること」が敗訴の要因になる可能性が高い。

 

 でもね…と後輩は続ける。

 民事訴訟だから損害賠償がある。裁判で勝てばお金を貰える。

 ある訴訟で行政が敗訴し、賠償金5億円という判決が出た。

 行政は5億円支払わなければならない。その5億円は…税金だ。

  

 後輩は遠くを見ながらつぶやく。

 誰も幸せにならないんですよ…。

 裁判に勝っても、5億円もらったらご遺族は世間の厳しい目に晒される。

 行政は控訴しないと5億円払うことになる。しかし控訴することはご遺族の心情を傷つけることになる。

 

 なぜそんなことになると思いますか…と後輩は続ける。 

 被災地、被災者を利用しようとする人がいるんですよ。理解者のような顔で近づき、同情を示し、敵は行政だ、裁判でやっつけましょうとたきつける。世間にアピールするために賠償額は大きくしましょうという。

 裁判に勝てばそれは担当弁護士の実績になる…。もちろん、そういう人ばかりではないですよ。でもそういう弁護士がいる…ような気がします。

 

 そうか…俺の町の場合、W議員と山川さんが「そういう弁護士」で、Y女史が原告、市長が被告。

 Y女史が勝訴したとしよう。全額だと確か500万円だ。

 裁判所が「市長としての責任」と判断した場合、500万円は市の予算から払うことになる。そうなった場合、賠償金を受け取ったY女史も、支払ったS市長も、世論の厳しい目に晒されることは間違いない。500万は税金なんだ。

 笑うのは、W議員と山川さんだけだ。

 

                        つづく…