俺の町は人口2万人の田舎町だ。

 元々あった5つの小さな町が、平成の大合併で市として統合したに過ぎない。市になってからも人口は1万人減った。

 そんな田舎町が突然全国ニュースになったのは、国会議員が我が町の市長・議員らに選挙の票の取りまとめを依頼し現金を渡した事件が最初だ。

 市長は逮捕され辞職した。その市長選に地元出身で京都大学・旧財閥系銀行と進み、ニューヨーク勤務も経験したSが立候補した。38歳の若き市長の誕生だ。

 市長になったSは、代表質問を市役所職員が代筆していること、居眠り議員などの問題を次々と指摘した。それは「地方議会の課題」というテーマで全国的な話題となった。「無印良品の誘致、2人目の副市長公募とその就任案」を議会が否定した時も、市民・世論は圧倒的にS市長を支持していた。

 しかし、田舎を舐めてはいけない…。

 「うちの議員は年寄りで頑固なんだから、市長がちゃんと根回しして、頭を下げてお願いしてくれれば無印良品がこの町に来たのに」という市民の声が出てきた。市政刷新ネットワークと関係の深い地元紙はこれを「市長と議会の間に亀裂。市長の議会運営能力に問題か?」と書いた。

 このあたりからSへの風向きが少し変わった。

 

 市政刷新ネットワークのボスたちは、このタイミングでSへの批判を強めようと考えた。そして、1年前のことを引っ張り出した。

 Y女史が「市長は若いんだから議員の言うことをよく聞きなさい。市長が勝手なことをすると議会で反対しますよ。そうしたら、市長の提案は議会を通りませんよ」と言った事件だ。その場には議員が12人、市長は一人。非公開の会議の冒頭の発言…。この状況をSはTwitterに書いた。

 

 S市長がTwitterに書いた「恫喝」という表現は、Y女史の名誉を棄損するものだ。

 裁判に訴えてはどうか…W議員と山川さんはY女史に提案した。

 裁判には勝てる。勝ってあなたが正しかったことを証明し、Sが市長として不適格なことを世間に伝えましょう。一緒に戦いましょう…と。

 

 文字で書けばこうなる。

 だが、Y女史の立場で考えてみよう。

 ある人突然山川さんに呼び出される。指定された場所に行くとW議員もいて、2対1の状況で「市長を訴えましょう」と言われる。

 W議員と山川さんは議会のボスで、Y女史はまだ一期目の議員だ。しかも当選した選挙でY女史は山川さんからの支援を受けている。借りがあるのだ。

 

 これはこれで恫喝ではないか。

 もちろん、W議員も山川さんも声を荒げるなど、物理的にハラスメントと判断されるようなことはしていないだろう。だが、この状況で断れるだろうか。

 Y女史は山川さんより10歳年下だが「議会の掟」がわかる世代だ。ということは、断ったら自分の身に何が起きるかもわかっていただろう。

 断れば、Y女史の提案は市政刷新ネットワークによってすべて否定されるのだ。

 

 一方、日本人にとって「訴訟」への心理的抵抗感は高い。まして、Y女史は夫のふるさとであるこの町で暮らし、ここで女性や弱者のための社会活動をしてきた人だ。その彼女が「裁判の当事者となること」は、彼女が築いてきた社会的信用を傷つける可能性がある。弁護士をどうするか、費用はという物理的問題もある。

 

 Y女史はこの時、究極の選択を迫られたと言える。

 「断れば議会で生きていけない」

 「受け入れれば地域社会で生きるのが難しくなる」

 

                        つづく