市政刷新ネットワークのブログ、所属議員の個人通信や市議会の代表質問は俺が書いている。ちなみに、役者稼業の中で俺は脚本書きを覚え、ある脚本家のアシスタントもしている。俺の人生はゴーストライターで終わるのだろう。皮肉なことに、ゴーストライターの稼ぎはよい。これで生活していた時期もあった。

 

 市政刷新ネットワークは反市長団体である。ブログに書くのは、反市長団体として公式なものであることを意識した。どのみち妄想ででたらめな内容に「公式」もないものだが、一応インターネットという不特定多数の目に触れる場であることは意識した。

 一方、所属議員の個人通信は紙媒体である。議員の後援会や議員のご近所に100枚程度配布されるものだ。しかもそれは、市長であるSやその親族に届かぬよう、最新の注意を払って配布されている。そういうわけで、こちらの方はブログには書けないような過激な内容となる。

 

 一番受けたのは、「Sは銀行内で左遷され、出世の見込みがなくなったので辞めて市長選に出馬したというストーリー」だ。これを思いついたのは、高校の先生とお話をしていた時だ。

 その先生は県庁所在地のかなり偏差値の高い進学校に勤めていた。春の異動で俺の町の普通高校に赴任し家族と共に引っ越してきた。俺より少し若いこの先生は前任校で行っていた探究学習を俺の町の高校で進めてくれている。生徒からの信頼も高く、優秀と評判だ。でもね…とその先生は言う。

 

 今は笑い話ですけど、赴任前から「使えない先生が左遷されてこの町に来るらしい」という噂が職員室だけでなく生徒にも広まっていました。妻も、近所の人から何となく嫌な雰囲気を感じていたそうです。半年経って「そういう噂があったけど全然違う。良い先生が来てくれて感謝している」と言われてますけど…。

 

 そう、田舎の人は都会からこの町に来る人を「左遷された人」と言う。

 ちなみに、この町から都会に出る人のことは「裏切り者」と言う。

 

 その先生は続ける。

 「そりゃ県庁所在地と比べればここは田舎ですけど、この町にはこの町のよさがある。塾も予備校もないのに大学に進む生徒もいる。みんな素直でコツを教えると難しい問題も解けるようになる。天然素材の宝庫で磨けば光る生徒たちばかり。そういう意味で探究学習への適性も高く、毎日とても楽しいです」

 「でも、町の人は、町の高校に通っている生徒のことを頭が悪いとか、勉強なんかしても意味がないとかいうんですよね…」

 「今恐れているのは次の異動です。次の異動で県庁所在地に戻ることになったら、踏み台にしたとか、裏切り者とか、そう言われてこの町を去ることになりそうです」

 

 田舎の人は、外の世界に複雑な感情を抱いている。時にそれは世間的な常識とは矛盾した価値観を生む。

 Sの人生をこの価値観にあてはめれば、京都大学に進んだのは「地元の国立大学にも東大にも合格できなかったからだ」となる。ニューヨーク勤務は「きっと左遷」で、東京から地元に戻ってきたことは「銀行で出世コースから外れて解雇されたに違いない」となる。

 田舎の人にはこのストーリーの方がわかりやすい。気が付くとSはニューヨークに左遷されて銀行を辞め、地元にもどってきたというというでっちあげが事実として市内に広がっていた。

 

 100枚程度しか配られない議員通信に書いたことが、あっという間だった…。