市の公式YouTubeの登録者数が、市民の数を越えた。

 議会の生配信の同時接続者も市民の数を超え、アーカイブの再生回数は数十万回に達した。Sは定例記者会見で収益化の手続きに入ると表明した。

 人口2万人の町の公式YouTubeがバズった。

 きっかけは、日本の17歳の高校生が「国連こども平和賞」を受賞したことだ。

 

 彼女は受賞スピーチでこんなことを言った。

「日本では、若者の投票率の低さがよく問題にされます。しかしそれは、政治に無関心だからではありません。若者は、自分たちの意見はどうせ聞いてもらえないと諦めているのです」

「そんな時、私は39歳の若き市長が、職権を乱用する政治家や、他の人の答弁中にいびきをかいて居眠りする議員に対し、恥を知れ!と叫んだ場面を見ました。」

「その時、日本はまだ変われる。私はそう思うことができました。政治家として議会で寝ないのは普通のことのはずです。政党や思想関係なく、その普通を取り戻そうとしてくれている大人たちがいる限り、日本は私が誇れる国になれるはずです。」

 

 この受賞スピーチに登場する39歳の若き市長とは誰だ!…と話題になった。

 もちろん、Sだ。

 ただ、この内容は正確ではない。恥を知れ!は、良品計画の誘致と2人目の副市長の提案が否決された時のセリフだ。その時はSは、「今回の採決を未来の市民がアーカイブで見た時どう思うでしょう。その時、恥を知れ、恥を…と未来の市民から言われないように私たちは行動し判断するべきではないでしょうか。」と言ったのだ。

 もちろん、正確に報道するマスコミもある。

 しかし大衆の関心は、「居眠りして39歳の市長に恥を知れ!…と言われた老害議員は誰だ、どんな奴だ」という方向にも進む。

 そして、市の公式YouTubeは驚異的な再生数をたたき出すことになる。

 

 再び、「地方議会の実態」というテーマでテレビ・新聞・週刊誌が報道し始めた。 

 一方、地元新聞社とその系列テレビ局は、「市長と議会の対立激化。市長の議会運営手腕に問題が!」という(虚構の)記事を流す。市政刷新ネットワークに参加している「地元新聞販売店の経営者」が手を回したのだ。

 

 新聞社やテレビ局の記者は市政刷新ネットワークに所属する議員や地域のボスに取材し、その内容をそのまま記事にしている。

 議員やボスは本県を選挙区とする与党の国会議員とのつながりもある。彼らはSについてのあることないことを与党議員や現職大臣に伝え、圧力をかけようとしているらしい。それを「権力の監視」という名目でマスコミが後押しするというシナリオだ。

 

 俺は、Sの前職である旧財閥系銀行に勤めている友人の言葉を思い出した。

「Sはな、マスコミが騒ぐようなエリートではない。普通の銀行員だ。本人もそう思っているさ。でもな、人口2万人、20億円規模の自治体の会計なんかはお手の物だと思うぞ。赤字の原因を特定し、事業誘致で自主財源を増やして財政赤字を立て直すくらいなら、俺たち銀行員の通常業務の範囲内さ」

「その上で財政基金を作り、人口減少に対応する財政体制を構築するまでが、俺やSにとっての普通なんだ。それくらいのことができる人材ならうちの銀行にはぞろぞろいる」

「逆に言えば、この程度の普通すら実現できない奴が、国会や地方議会で権力を握っているってことだ。そういう奴らが日本を滅ぼすのさ」

 

 そういう奴らは、議員だけではない。マスコミにもいるらしい…。