無印良品の出店が市議会で否決された。2人目の副市長もだ。

 無印良品と町の特産品がコラボして産業を興してゆく、そこに官民連携による地方創生の経験と実績とがある人材を副市長として迎えて経済発展を進めるという、人口減少が進む地方都市には最も効果が期待される施策は消えた。

 市民の60%以上が賛同・期待していたこの案をつぶしたのは市政刷新ネットワークである。反対理由は市長であるSの提案だったから。市政刷新ネットワークは「反市長団体」である。市長であるSに反対することが目的だから、それがどんな内容であっても反対しかしない。

 定員12名の議会のうち、市政刷新ネットワークの議員は6名。ただし、1名が議長なので、議決となると5:6で過半数は取れない。無印出店と副市長の採決にあたっては、最年長議員であるW議員と最多当選議員である山川さんが他の議員に圧力をかけた。その結果、当選4回のベテラン議員1人がその圧力に屈して反対に回った。反対理由は「議会の掟」である。

 

 無印出店と2人目の副市長の否決は、夕方のローカルニュースで報じられた。

 夜10時過ぎの全国ニュース番組でもトピックとして報じられた。

 いずれも「地方議会の実態」がテーマであり、市民の期待を裏切り頑固に反対し続ける議員を批判する論調である。

 しかし、翌日の地元紙朝刊だけは少し違った。

 「市長と議会の対立激化。S市長の議会運営に問題か?」

 

 市政刷新ネットワークには、俺も含めて17人が参加している。その中にW議員や山川さんと同等か、それ以上に「地域のボス」である人がいる。市から補助金を引き出して婚活事業とか田んぼアートとかをやっていた人だ。やっていたとはどういうことかと言うと、費用対効果が見合わないとSに評価され予算を切られたのだ。

(俺はSが正しいと思う。これらは公金チューチューと言われる事業であり、W議員や山川さんも絡んだ利権誘導事業でもあるからだ)

 

 「地域のボス」は、「新聞販売店経営者」でもある。

 このボスが販売店店主として地元紙に何かを伝えたのだ。

 昨今購読者が減少している新聞社としては、販売店の訴えを無下にはできない。

 そもそも、読者の勧誘・配達・集金を行っているのは販売店だ。読売新聞の社長となった正力松太郎や務台光雄は販売店を大切にした。それが読売新聞が大きくなった要因と言われている。もし販売店から何かお願いされたら、本社はその意向を無視できないだろう。そして「市長の議会運営に問題か?」という的外れな論点の記事が作られる。

 それを読んだ市民は、「市長さんの根回しが足りないのではないか」「頑固な議員さんに正論をぶつけてもだめだ。議会が始まる前に挨拶して説明して、賛成してもらうようにお願いすればよいのに」と言い出した。

 

 Sの施策を理解するには一定以上の知的レベルが必要だ。

 ここで言う「知的レベル」とは、「不都合な事実を受け入れることができるかどうか」だ。

 ここ十数年で人口は1万人減ったのだ。みんなこの町から離れていく。戻ってくる人間は少ない。そして生まれてくる子供の数も少ない。

 財政は赤字で、市の自主財源は20%もない。補助金と交付金で市は運営されている。しかもその補助金と交付金は、市政刷新ネットワークの議員とボスに多くが食いつぶされている。田んぼアートで観光資源を作って町の魅力を高める、婚活事業で人口を増やすと言うが、人口も観光客も増えていない。増えたのはハコモノだけだ。

 市民はそのことを知っている。しかし、決して口には出さない。

 そして「市長の議会運営に問題か?」という記事を見て、その責任を市長であるSに転嫁し始めた。

 俺のふるさとの町は、自滅の道を選択しつつある…と俺は思った。