俺の悪い予感はあたった。
無印良品誘致と副市長人事は、賛成5:反対6で否決された。
市政刷新ネットワークに所属する議員は6名、そのうち1人が議長である。
議長に投票権はない。
したがって、いままでは賛成6:反対5で議会は進んでいた。反対5が市政刷新ネットワークの議員である。市政刷新ネットワークは議決では過半数を握っていないのだ。
それが、反対6となった。今まで賛成だった立場の議員の一人が反対に回ったのだ。無所属だが市議会議員は4期目のベテラン議員である。
市議会の様子はyoutubeで生配信されている。傍聴者も定員の40人が集まり、地元新聞社やテレビ局の取材も入っていた。否決は夕方にはニュースで流れ、翌日の朝刊にも掲載された。市民の落胆は大きい。むじらーの妻もがっかりしている。
市政刷新ネットワークの反対原稿を書いたのは俺だ。俺は、無印出店・副市長人事の否決に加担したのだ。ただ、そのことを妻は知らない。知っているのは市政刷新ネットワークの人々だけだ。でも…俺は今日からどんな顔をして中高生に対して演劇指導をすればよいのか、学校の先生たちと探究学習の打ち合わせをすればよいのか、この町で生きていけばよいのか…。
さすがに市民が動いた。
賛成した議員を通じて、あるいは直接市役所に多くの声が届けられたらしい。
マスコミも動いた。
地元のテレビ局が反対に回った議員の取材を始めた。
山川さんは取材を受け、執行部の独走・市長の独裁・議会軽視という主張を述べた。他の議員は取材を拒否していたが、テレビ局は彼らを追いかけた。そして、今回賛成に回った無所属のベテラン議員がカメラに追いかけられて口を滑らせた。
「議会には掟があるんだ」
彼は、市政刷新ネットワークの議員ではない。
そうか…最年長議員のWさん、最多当選議員である山川さんは、市政刷新ネットワークに参加していない議員に圧力をかけたのだろう。
1年生議員の若い二人は、そういう圧力に屈しなかった。当たり前だ。
古株だが無所属で自分の信念を貫くベテラン議員も屈しなかった。
もう一人の無所属議員は、市民が望む政策であるとして賛成を貫いた、
もう一人は、所属政党の方針に従って賛成を貫いた。
この5人が賛成だった。
そして、もう一人の無所属議員が反対に回った。
彼が市政刷新ネットワークの存在、W議員や山川さんに怯える気持ちはわかる。特にW議員、山川さんを敵に回すと、議員どころか市民としてこの町で暮らすことも難しくなる。市議会議員も4期目となると貸し借りもいろいろあるのだろう。だが、自分が反対に回り、その1票が賛否を決めることになるとは思ってもみなかっただろう。関ヶ原の小早川秀秋になってしまったのだ。