妻は無印良品が大好きである。「むじらー」という言うらしい。

 休日のお出かけはというと、県庁所在地郊外にある巨大イオンモールに行きたいという。無印良品があるからだ。一緒に上京すると、銀座の無印に必ず寄る。そこの塩パンはおいしい。

 そんなわけで、我が家でも近所でも無印出店の期待が高まっていた。劇団の中高生は、どこにできると思う…とうれしそうに話していた。

 

 一方、山川さんからは、副市長と無印良品とに関する代表質問のゴーストライトを命じられている。要するに反対なのだ。

 この人たちは「無印良品」という単語をこの時知ったらしい。日用雑貨の店と聞き、コンビニか100均の大きなものと思っている。そういえば、最近市内にできたファミリーマートに「無印良品の文具」が少しある。

 そんなわけで、無印良品がどんな企業で、それがこの町に出店することがどれだけ大変なことかなんてことはわかっていないし、知ろうともしない。俺が思うに、この町の特産品と無印良品が扱う商品とは相性が良い。無印良品の持つ商品開発のノウハウ・流通網と町の産業とが結びつけば、その経済効果は大きいだろう。

 そもそも無印良品は民間企業だ。俺が妄想しているように、Sの古巣の銀行から紹介された案件だから…だけで出店を決めるわけがない。事前調査・マーケティング分析をして「出店の価値がある、利益が見込める」という判断が出て出店を決めたはずだ。

 

 俺は山川さんに「反論のポイント」を聞いてみた。

 議員には、市民より詳しい情報が示されていた。

 無印良品の店舗は、道の駅にできるそうだ。すばらしい。道の駅なら市民だけでなく、近隣市町村からも人が集まるだろう。そこで、我が町の品質の高い野菜も買ってくれれば、農家も道の駅も儲かる。しかも道の駅には今、空きスペースがある。山川さんが解散させた「観光協会」があった場所だ。

 副市長も候補が決まっていた。36歳の女性だ。経歴を見てびっくりした。秋田県の公立大学「国際教養大学」を経て、双日に入社している。その後、退職して東日本大震災の被災地支援に取り組み、現在は貧困や格差に取り組むNPO法人に所属して、日本各地の自治体と一緒に仕事をしている。

 国際教養大学は人気も偏差値も高い難関大学である。早稲田の演劇サークルには国際関係学部の後輩がいたが、その中には国際教養大学に落ちて第二志望の早稲田に来たと言う者もいた。双日に至っては旧財閥系と同等の大企業だ。経歴を見るに、課題意識が高く、大企業を経て独立・起業して希望ある未来を創造しようとするタイプの人だ。我が町には最適ではないか。

 

 だが、市政刷新ネットワークの人々は、秋田みたいな田舎の公立大学出たやつが、この町を立て直せるわけがないとかいう。双日という企業も知らないようだ。もちろん、スマホもネットも使えない彼らに、それを調べる術も気持ちもない。

 無知は怖い。

 

 山川さんが言う反論のポイントは以下である。

 「企業誘致、無印良品のような大きな企業の誘致を、企画の段階で市議会に相談、報告がないのはおかしい。契約してから報告・承認を求められても賛成できない。

それは市長の独裁であり、執行部の独走だ。議会軽視だ!」

 「道の駅に入ることにも疑問がある。市長が観光協会を解散させた(これは事実はない。山川さんが解散させたのだ)後に無印良品が入るとのことだが、これは無印良品の出店ありきで、そのために観光協会を追い出したのではないか。市長の独裁・陰謀だ!」

 「副市長の候補者も、ネットからの応募者と聞いた。市内にはネットもスマホも持たない人が多い。そういう状況にあってネットで公募するのは公平ではないと以前も申し上げた。したがって、ネットからの応募者は認めることができない。そもそも県外から来た人がこの町の課題を解決できるのか。また、市民には県外の人が副市長に就任することに不安を訴える人も多い。副市長は市内から人材を求めるべきだ。」

 無知は怖い。

 

 要するに「俺は聞いていないから反対だ」「俺が知らない奴だから反対だ」ということだ。ま、いくらなんでもこの程度の反論で無印良品や副市長が否決されることはないだろうと思った。

 ただ、「この程度の反論」に共感・賛同する市民が少なくないことを「市長のトライアスロン大会参加案件」で俺は学んでいた。

 原稿を書きながら、少し不安を感じた。その不安は的中した。