Sの市長としての答弁は明快で論理的なものだった。

 一見「論破」に見えるがそうではない。論理と論理とが対決した時、勝利者は「論破者」となる。しかし、市議会はそういうレベルではない。市議会議員の質問は「感情論」に過ぎない。そもそも「議論の体」を成していない。

 市政刷新ネットワーク以外の議員には、きちんを調査し、事実に基づいたロジックを組み立てた質問をする者もいる。その時、Sは少しうれしそうだ。

 

 ところで、俺はSについて一つ不可解なことがあった。例のトライアスロン大会の参加だ。副市長を本部長とした対策本部は動いており、土日に台風が接近することもないとわかっていた。休日である日曜日にプライベートな時間を過ごすことにも問題はない。だが、地元出身で頭のよいSなら、そのことに難癖をつけてくる市民がいることは想定できたはずだ。そういうレベルの難癖は面倒だ。そういうリスクを犯してまで大会に参加したのはなぜかである。俺が代表質問の原稿に書いたように、市民の安全より自分の趣味を優先するような人間ではないはずだ。

 

 その疑問は、しばらくして解決した。

 S市長と執行部は「無印良品」の誘致に成功したのだ。

 人口2万人の町に相応しくない大企業だ。

 そもそも田舎で自家用車必須の町にも関わらず、オートバックスもイエローハットもない。全国規模の店舗と言えば西松屋、しまむらくらい。廃業するコンビニだってある。そんな町に良品計画が出店する??

 

 以下は俺の妄想だが…、

 Sは、産業創出の一環として企業誘致を考えたはずだ。

 その情報収集には古巣の銀行も協力したのかもしれない。そして、Sは良品計画との接点をつかみ、その交渉を密かに進めた。市長による極秘のトップセールスである。

 市議会でSはこんなことを言っている。

 「私がなぜトライアスロン大会に参加したか、その理由をお話ししましょうか。」

 「トライアスロン大会には企業のトップや富裕層と言われる方々が、参加者・アスリートとして集まるのです。そういう人に我が町の名前を知ってもらう、覚えてもらうことは関係人口の創出や企業誘致につながるのです。」

 

 ひょっとすると、トライアスロン大会には無印良品の関係者が参加していたのかもしれない。それなら大会に参加する意味がある。

 ただ、相手のあることだから、Sはそのことには言及しない。ビジネスに守秘義務は付き物だ。

 そうか…昔はゴルフだった商談は、今はトライアスロンなんだな。そういえば、Sと同じ銀行につとめている俺の友人は、「Sは銀行員時代、根回しや相手への配慮に長けた優秀なビジネスマンだった」と評価している。そういうことだ。そう考えると、Sがリスクを犯しても大会に参加した意味がわかる。それはまさに市民のため、市の希望ある未来のためであり、Sしかできないことだ。 

 もちろん、市政刷新ネットワークの人々は、そんなことを想像することすらできない。市長憎しで思考停止したままだ。

 

 Sのことだから、無印良品の店が町にやって来て、そこで買い物ができるというだけの計画ではないだろう。良品計画と協働して、町の特産品を活かした商品開発や販売などまでするかもしれない。

 そもそも俺の町は林業が盛んで、家の建築から日用品まで木が使用されることが多い。良品計画には家から日用雑貨まで幅広い商品がある。俺の町に最適ではないか。そして、良品計画と町の産業とを結びつける事業を、公募中の副市長に担当させるのではないかと思った。有名企業と町とのコラボ、官民連携での地域創生だ。

 さすがSだなと思った。

 

 そして、副市長人事と良品計画とが市議会の議案になった。