市長選挙が始まった。期間は1週間。

 現職大臣の犯罪の舞台となり、現職の市長と市議会議員が金を受け取って辞職した町の出直し選挙だ。

 そこに、地元出身で京都大学、旧財閥系の銀行と進み海外勤務も経験した若者が銀行を辞めて市長に立候補した。朝日、毎日、読売などの全国紙が取材に来た。めざましテレビもきた。支局員ではなく、東京から記者やアナウンサーが来て市民にインタビューしている。

 報道は、立候補した「S」の経歴や人柄にフォーカスしたものが多かった。

 世襲議員や地元利益誘導型政治への批判が高まっていて、清潔な政治家、世代交代を求める声が大きくなっていた。政治不信とその打破への期待が「S」に反映されていた。

 全国紙の記事、テレビの全国版ニュースでは、「Sの当選」が期待されていた。

 もう一人の立候補者である副市長については、名前すら報道されない。

 そして、Sは当選した。

 投票率は70%をこえ、過去の市長選における最大得票数での当選だった。

 

 選挙が終わって、父に聞いた。副市長はなぜ当選できなかったのか。

 金がなかったという答えが返ってきた。市長選は無投票で終わると思っていたので、資金を準備していなかったという。

 いつもなら立候補者やその後援会から流れるお金が、今回の選挙では流れなかった。選挙で小遣い稼ぎやタダ飯を期待していた人は、それがないのでへそを曲げた。そして副市長への意趣返しで「S」に投票したという。

 

 副市長に同情した。

 そもそも、副市長は議員辞職した市議会議員たちに担がれて市長選に出たに過ぎない。山川さんたちは、「他に立候補者は出ないから選挙はない、市の予算や運営は議員と議会がやるから座っていてくればよい、1期つとめたら辞職した市長に禅譲し退職金をもらって隠居すればよい…」、そういうシナリオで口説いたはずだ。もちろん、これは副市長にとって晴天の霹靂で、断れるものなら断りたかっただろう。だか副市長といえどもこの町で暮らす市民の一人に過ぎない。この依頼を断った時どうなるかを考えれば、断ることは難しかっただろう。

 担いだ山川さんたちにも都合があった。市長選が終わると、すぐに市議会選挙がある。自分やその仲間が当選するための資金を市長選に使う訳にはいかない。

 担がれた副市長は、見事にはしごを外されたわけだ。

 

 ところで、当選したSはお金を配ったのか?

 それはないだろう。

 つまり今回の市長選では、お金は流れていない。逆説的だが、そういう意味できれいな選挙となり、きれいな選挙で当選したのがSということだ。

 そういえば、選挙前後によくある怪文書も見かけなかった。