俺を雇ってくれている企業のオーナーである山川さんが逮捕された。

 山川さんは市議会議員で、人口2万人そこそこの町では顔が効く。地元の中学・高校から県内の大学の工学部に進んで建築士の資格を取り、小さな工務店だった実家を大きな建設業にまでした人だ。

 俺の町で、大学まで進み士業の資格を持っている人はそんなにいない。山川さんもこの町では立志伝中の人である。同世代の人々からの尊敬も厚い。学歴的にも経済的にも町のヒエラルキーのトップとして君臨する一人だ。

 市議会議員も4期目くらいになるはずだ。市議会議員になってから、建設業以外の会社も立ち上げ、俺はその一つである観光協会に雇われている。

 

 山川さんの逮捕容疑は贈収賄だ。

 国会議員、しかも現職大臣から衆議院選挙での票の取りまとめを依頼され、現金を受け取った。お金を受け取ったのは市長と山川さんを含む市会議員数名。この事件は全国ニュースとなり、逮捕された国会議員と一緒に、俺の町の名前が連日ニュースや新聞で報道された。自民党の腐敗とか政治とお金の問題がワイドショーをにぎわせた。

 

 この件について話題にすることは、市内では原則としてタブーである。

 逮捕された市長や議員は、貰ったお金は使っていない、返そうと思って保管していたと言っている。しかし、当然ながらお金は配られており、市民にはそれを受け取った人がいる。そこまで捜査は及んでいないようだが…。

 田舎の狭い人間関係に緊張が走る。

 釈放され、記者会見があり、市長と議員は辞職を表明した。

 

 謝罪と辞職とを受けた市民の反応はさまざまである。

 ただ、俺がいるのは山川さんの企業であり、俺の父は元市議会議員である。俺の周囲は山川さんに同情的であった。

 国会議員さんに頼まれたら断れないよね、誰が警察に通報したんだろうね、お金貰った人はちゃんと国会議員さんに投票したんだろうか、そもそも何がいけないんだろうね。

 

 俺が中学の時、父は市議会議員選挙に立候補した。

 政治家として町の発展を尽くすという志は父にない。議員になって実家の農業を大きくしようという訳でもない。事業に失敗し選挙に出ることができなくなった現職議員がいて、その穴埋めとして立候補させられたのだ。

 田舎町の市議会選挙は、400~500票あれば当選できる。

 500票×5,000円=250万円で市議会議員になれるということだ。そして父は当選し2期務めて派閥の穴を埋め、お役御免となった。そういうことだ。

 

 ちなみに俺は選挙前にお金をもらったことはない。しかし、市議会選挙では山川さんに投票している。世話になっている人に投票して義理を果たすのも田舎の選挙だ。