久しぶりに実家に顔を出した。

 5歳上の姉は、地元の農業高校を卒業し20歳で結婚した。

 サッカー部のマネジャーだった姉は、高校時代から同学年のフォワードと付き合い、そのまま結婚した。父はその結婚に最初反対したらしい。義兄が隣市の出身だったこと、義兄の実家が借家で裕福とは言えないことが理由らしい。

 3人兄弟の末っ子だった義兄は、姉と結婚できるなら婿養子でよい、そして俺の実家の農業に専念すると言ったらしい。

 義兄と同じ隣市出身の母が父を説得し、結婚は認められた。

 当時、父は市議会議員だった。議員の娘の結婚式となると大騒ぎである。

 招待客のリストは100名を超えた。そんな人数を収容できる会場は俺の町にはない。姉の希望もあって義兄の出身地である隣市のホテルで結婚式と披露宴を行った。

 その後、新婦側の招待者はチャーターしたバスで俺の町にもどって、一番大きな料亭で二次会となった。

 それぞれの親族・家族、新郎新婦の友人やサッカー部の仲間を合わせた人数より、父の関係者の数の方が多かった。延々とスピーチが続く中、当時高校1年だった俺は制服で出席して、その様子を見ていた。

 その姉と義兄は実家の離れで暮らしている。母屋は俺のものということらしい。

 甥っ子は中学生になり、姪は小学校4年生になっていた。

 

 実家に顔を出したのは仕事がらみである。

 定期的に声をかけてくれる劇団から地方巡業を手伝ってほしいという連絡があった。お前の地元でも公演がある。演目はハムレットだ。主役ではないが、役者として参加してくれないかという依頼。FAXを見ると俺の地元で2回公演があった。新しくできた文化会館のオープニング公演だ。

 昼は俺の出身中学の鑑賞教室、夜は一般公演。俺にとっては、凱旋公演と言えるかもしれない。出身中学の公演では、カーテンコールで先輩としてあいさつした。一般公演は家族が大量にチケット買い取り、知人に配ってくれた。

 おかげでほぼ満員だった。劇団の売上にも貢献できた。

 

 その夜は実家に泊まり、翌日は各所にご挨拶巡りをした。

 そろそろ戻ってこないかと必ず言われた。一応、俺は地元の中学から県庁所在地のトップ進学校・早稲田大学に進んだ立志伝中の人という位置づけらしい。それを言うなら京都大学に進んだ「S」の方がよほどすごいはずだが…。

 しかし、田舎町には、東京大学に行くより地元の国立大学に進んだ方がすごいという価値観がある。つまり俺の町では「早稲田>地元の国立大学>京都大学」という序列になる。さらに言えば、出身大学より出身高校の方が重視される。

 地元の町で、俺は学歴ヒエラルキーの頂点にいるらしい。

 

 新しくできた文化会館では、会館主催で市民合唱団や子供たちのための合劇団を立ち上げるという計画があるらしい。その運営や、劇団の指導者になってくれないかという打診もあった。

 その話には魅力を感じた。