俺が38歳の時、Sが地元に戻ってきた。

 その直前、県を舞台とした選挙に絡む贈収賄事件があった。お金を受け取った人の中に市長がいた。逮捕・失職した市長の後任を選ぶ選挙には、副市長が立候補して無投票で市長が決まるはずであった。

 そこに、Sがやってきて立候補した。選挙が実施され、Sが当選した。

 

 Sとは中学の同期である。小学校は違う。

 俺の実家は昔からの農家で、町の中では富裕層と言える。

 父は地元の農業高校を出て実家を継いで農家になった。母はのちに俺の町を吸収する隣市の出身で、市立の女子商業高校を出てJAに勤務していた。父と結婚してからは専業主婦である。5つ上の姉は勉強よりも田んぼや畑に出て農作業をすることが好きで、地元の農業高校に進んだ。

 俺は、農作業より勉強している方が楽しかった。小学校の国語の教科書にシェイクスピアのリア王が載っていて、それを読んだ俺は図書室に行ってシェイクスピアの作品を読みたいと相談した。図書館には小学生向けのシェイクスピア作品集があって、それを夢中になって読んだ。 

 小学校6年生の芸術鑑賞教室は演劇だった。そこで「ハムレット」を見た。

 その時、俺は芝居をしたい、役者になりたいと思った。

 そのためには地元の農業高校ではなく、普通高校に進学して東京の大学に行く必要がある。そう思った俺は、一層勉強に力を入れた。小学校の卒業成績は1番だった。

 

 中学は、地元の2つの小学校から集まってくる。1学年4クラスある。

 Sは、もう一つの小学校で1番だった。ダントツの秀才という噂があり、中学の入学式では新入生代表の挨拶をつとめた。ただ、中学3年間で同じクラスになったことはない。そして、Sは中学でもダントツの秀才で成績は入学から卒業まで1番だった。

 俺はいつも2番。ただ、俺はSと3年間しゃべったことはない。正確に言えばSが1番だったということも噂に過ぎない。ただ、俺が2番だとすると1番はS以外に考えられないということだ。

 

 Sは陸上部に入って毎日グランドを走っていた。

 駅伝が盛んな地域だったが、陸上部の部員は少なく、駅伝大会に出る時は他の運動部の部員を借りていた。そんなわけで決して強いわけではなかったはずだが、毎日黙々と走っていた。ただ走るだけで何が面白いのか、俺にはよくわからなかった。