二元代表制の成立要件に「対等性」があるというお話。
前回、二元代表制は「執行部(市長+行政職員)」と「議会(議員)」との相互監視システムであるということを述べた。
「議会には権力の監視」という役割がある。つまり、市長も含めて執行部の暴走を監視するということだ。しかし、これは逆も成り立つ。「執行部は議会(議員)の暴走を監視する」という役割もある。これが相互監視システムということだ。
ただし、このシステムが機能しない場合がある。我が町でいえば、市長が議会(議員)をズブズブの関係であった時だ。この場合、市長と議会とが結託して「行政職員(要するに市役所職員の運営)」を監視することになる。となると、執行部が議会の監視・暴走の抑止という機能は働かない。議会は「市長+行政職員」を配下に置き、予算を使い放題という状態になる。
我が町の場合、議長も市政刷新ネットワークから選出されている。
つまり、議会・市長・議長が執行部をコントロールすると言ってよい。ここに、二元代表制の成立要件である「対等性」はない。
Sが市長になると、執行部に市長が入った(当たり前だ)。
そのことで、「執行部と議会」とは対等に近い関係性になった。ただし、「議長」は反市長派から選出されている。したがって「議会運営の主導権」は議会寄りになる。ここに、議会の混乱(??)の根源があると言ってよいだろう。
そして、二元代表制=対等性を導くためには、議会に対する監視機能を可視化しなければならない。Sはそう考えたはずだ。
そもそも、いきなり議会から「市長は議会の言うことを聞きなさい。そうしないと市長の提案は議会を通しませんよ」と言われているのだ。
執行部と議会とは対等ではない。それどころか「権力の監視」という言葉を都合よく解釈して優位性を主張してくる。
これが地方議会というものの現実である。
であれば、市長は執行部の一員として「行政の判断を支援し、議会の暴走を抑止する」という自己の役割を可視化することが必要である。議会が「言うことを聞かないと提案を通さない」というならば、執行部は「市民全体の幸福に寄与しない提案には賛成できない」という行政の本来の姿を示すだけだ。
ただ、その役割を地元の住民でもある職員に押し付けることは難しい。
となると、議会では市長がその役割を追い、議決の責任を取るしかない。
そのことで「対等に戦うしかない」、そういうことだ。
残念なのは、執行部と議会とは、その施策について「監視のみ・否決のみ」という関係性で終わったことだ。それは、市政刷新ネットワークが「市長の提案はどんなものであってもすべて否決する」という鉄の掟を実践したことが大きな要因であろう。
しかし、Sや市民が求めていたのは、「それぞれの提案について相互に検討し合い、より多くの市民の幸福実現が期待できる施策にブラッシュアップすること」であったはずだ。
それが実現できなかった要因は、S市長・市政刷新ネットワーク、どちらにあるかはそれぞれの考察にお任せする。
ただし、間違いない事実として、我が町で「執行部と議会とが対応の関係性にあったこと」はないはずだ。もう少し踏み込んだことを言えば、我が町に「対等な関係性を持った組織・人間関係」はあるだろうか…。
市長と市民とは「対等な存在」なのだ。
だから、市長も市民も、市の財政や未来を一緒に考え、そこで出た結論を一緒に実践することがSの基本姿勢だ。それを「市民に投げる」という受けとめしかできない人は、おそらく「対等な存在であること」が理解しにくい人なのだろう。
封建的な上下関係に思考を拘束されている…そのことに自覚もないだろうが…。