考えることが出来ない子が増えています。
もう結構前から言われていますが
ここ数年、体感では急激に増えていっているような気がしています。
日本の教育制度が問題だとか言われて
教育改革的なことが行われています。
「思考力」なるものをみる問題とやらも増えています。
でも
うまく言ってるようには見えません。
なぜ考えることが出来ない子ぐ増えているのか
それは
考えなくても生きていけるようになってしまっているから
じゃないかな。
だって、何でもかんでも先回りして教えてくれるし
考える間もなく情報は流れてくるし。
考えなくても生きていけるようになってしまっているって気がついてます?
事細かに丁寧に説明してくれるし先回りして答え提示してくれるし
先日驚いたのが読書感想文
読書感想文の書き方ワークブックなるものがあるんですね。
フォーマットに沿って空欄を埋めていくの。
感想文とはいったい…???
文の構成まで考えるものなんだけどね。
たぶん、書けない人が多いからそういうものがあるのだろうけれど
意味あるのかな?
ヘタな文でもいいから自力で書かないと無意味じゃない?
人ってたぶん
本来は自分で考えたいと生物だと思うんですよね。
でも自分で考える前に決められてしまう生活が繰り返されると
たぶん考えることをやめてしまう。
そして、すぐ人に頼るようになる。
こうして考えられない人が出来上がってくんじゃないのかな?
考えるって
クセみたいなものなんです。
考える人は、なんでも考える。
考えない人は何に対しても考えない。
例えば電車を待っている。
ホームについて電子掲示板をみる。
○○行き 15:32
とか書いてある
時計の方を見て
15:28
考える人はここですでに、あと4分あるな
とか
さて、4分、どうするかな
トイレ行ってこれるかな? トイレどこにあったっけ?
とか
頭の中で4分というところからいろいろとつながっていく。
考えない人は本当に何も考えない
まだ来ない
これだけ。
みたいな。
4分という具体的な数値すら出てきてないかもしれません。
もしかしたら、時間を見るってことすらしないかも。
つまり、考えるっていうクセ
脳にそのクセがついてないんじゃないかな。
そのクセがつきにくいように世の中が出来てきてしまっているんじゃないかな。
知らんけどね。
考えられるようにするには
止まってしまっている脳を動かすには
どうすればいいのか。
それは
普段から考えるように仕向ける
これ以外ないんですよ。
たぶん。
塾でも
とにかくじっくり考えるってことをしてほしい。
でもさ
わかるよ。
時間がないんでしょ?
じっくり考える時間が必要なのはわかっているけれど
その時間がない。
考えるって時間がかかるんだもん。
たった一つのことを1時間考えることがあってもいいと思うんですよね。
思考体力ってものが必要だから
初めのうちは長くは考えられないのだけれど
それでも徐々に伸ばしていける。
時間はかかるけれど、それをじっくりやっていくしかないんですよね。