池袋にある吉田塾という塾の先生のブログです。
言われたことをしっかりやる人は
たったの10%
みんなにも言ったことあるよね。
アドバイスの実践率は? - 英語指導吉田塾 塾長ブログ (hatenablog.com)
これは私の体感とも合う。
まあ、強制はしないけどやりなよって言って
言われたことちゃんとやるのって
各学年に2人とか3人とか。
他の人たちは、全くやってないとは言わないけれど
中途半端にやる。
学年が上がっていくと、やる人は増えるけれど。
だから、吉田先生のおっしゃる通り
やる側の10%になればいいだけだから
受験はマジでイージー
それだけで、まぁ、偏差値60にはなるさ。
だから、やる側の10%になろうじゃないか!
って言ったところでさ
どーせやらないのよ。
それでも10%なんだから。
じゃあさ
なんでやらないんだろうね。
それを考えないと
たぶん10%になろうぜって言っても無駄だと思うんだよね。
勉強に限定して見るからなんで10%しかやらないんだろうねって話になるわけだけれど
我々は常に、何かをやる側とやらない側に分かれてる。
例えば私は勉強はした。
だから、勉強で言えば10%に入っているけれど
筋トレはしてこなかった。
だから、筋トレをしない側の90%に私はいる。
全部こんな感じで
我々は常に
何かをした側であると同時に何かをしなかった側でもあるわけで
あらゆる行為に対して
その行為を継続的にしっかり行い続けるのは
たった10%でしかないわけ。
てことで
勉強に関して言われたことを継続してやらない人ばかりなのは
なにも不思議なことはない。
自然の摂理ってことよね。
中には勉強もして筋トレもしてって人もいるでしょう。
でもその人はピアノは練習してないかもね。
みんなが見ているテレビドラマは見てないかもね。
あるいは
勉強もしない、運動もしない、音楽もしない、絵も描かない、なーんにもしないっていう
あらゆるベン図の円の中に入らない猛者もいるだろうね。
日々様々な事柄が我々には迫ってきて
全部やれればいいのだけれど
残念ながら全部やれるほどのスペックはないから
自分でやるものとやらないものを選択して
そうやって10%と90%に分かれ続けて
そうやってこの社会は
いろいろなタイプの人が生まれて凸凹しているわけだ。
やらない人にとっては
選ばなかったことの優先順位は
他のことに比べて低かったってだけのことでしかない。
勉強しない人は
勉強の優先順位が低い。
そりゃあ成績だって低いに決まってる。
スマホの方が、ゲームの方が、優先順位が高いのだから仕方ない!
それに対して意識が向いていないのだから。
だから、やる側になるにはまず
優先順位を上げないといけない。
意識を向けないといけない。
自然の摂理に身を任せているなら野生とさして変わらないか。
その自然の摂理から脱却できるのは
意志の力か。
私は塾をやっているわけで
キミたちには勉強の優先順位を上げてもらいたい。
だから
その都度その都度言い続けて
毎回毎回やらない側の90%を10%ずつやる側に変えていく。
キミたちの意識を勉強へ向けていく。
将来のことを考えて、将来のことに意識を向けてみよう。
やらなかった側の90%になって
やった側の10%を羨むかい?
将来なんて先のことが考えられないならこうでもいいよ
勉強できる自分って素晴らしくない?
あーあ…
もっと良い感じに何か光明が見えるかもと思って書いてみたけれど
結局、意志の力ってものに帰結してしまった…。
意志なんだよね。
何事も。
10%。
さっき書いたけれど、偏差値60くらいまではいけるかね。
偏差値60は上位15%だし。
偏差値60ってどこだろう。
Vもぎ基準なら國學院ってところかな。
小山台、三田が61とか62とか。
その辺までは、低学年のうちから愚直に10%になり続けていればいけるんじゃないかね?
その中でもさらに10%になり続ければ…
うむ
未来は明るいな。