学力というのは時間との関数です。
結局のところ、どれだけ机に向き合い、問題に格闘したかによる。
なのに、「才能」とか、「頭が良いから」とかいった言葉で切り捨ててしまう人がいる。
たしかに、「才能」はあるでしょうね。
けれど、才能というのはコツをつかむまでが早いにすぎません。
その後、伸び続けることが出来るかどうかは、向き合った時間に委ねられます。
よく、勉強しているのに全然成績が伸びないという人がいます。
勉強の仕方が悪いとか、方法論が間違っているとか、そういう言葉も散見します。
そして、なにか魔法のような方法が存在すると思っている人も多くいます。
10年以上教える立場として生きてきましたが、そんなもの、たぶんありません。
長時間やっているのに伸びない。
本当に? 長時間のうちのどれだけ、問題と格闘していたのかを考えてみてほしい。
本当にやり方が間違っている場合のあるのだけれど、ほとんどの場合は、単に長く机に向き合っていただけ。
頭では考えていなかったり、ただただ文字を読み流しているだけだったり、机に向き合っているだけで、他のことをしていたり、他のことを考えたりしている時間の方が多い。
速い話が集中していない/わかったことにしているってことですね。
そりゃあ出来ませんよ。
当塾の中三は、夏あたりから猛烈に点数が伸びていきます。
それは、もちろんせれまでの様々な布石はあるのだけれど、もっと単純で、問題を解くだけだったりしていたのが、問題と格闘するように変わっていっているからです。
人によって、比例定数は、数式は異なりますから伸び方は違います。
ある日突然指数関数的に伸びる人もいますし、一次関数的に伸びていく人もいる。
我々は、多少のエッセンスを加えることにより、その伸び率を多少なりに変化させることが出来るだけです。
だから、受動的に問題と向き合っていたって、いつまでたっても伸びは微々たるものでしかありません。
主体となって、問題と格闘しないと。
講師の力量なんて、学力の伸び方に関わる割合は、私はたかが10%もないだろうと思っています。
せいぜい5%程度ではないかな?
でも、我々はそんなちっぽけなところに、全力を注ぐんですね。
5%くらいしか占められない我々が全力を尽くすのに、95%も持っているキミたちが全力でやらんでどうするんだってことですよね。
中三の受験期になると、私は本当にやることはなくなってきます。
95%が動くから。
生徒たち自身がある程度は教え合えるようになっていくから。
そして、何よりも今までとは比べ物にならないくらい集中して長時間勉強しているから。
多少の雑談とかは会っても、ほとんど一日中勉強しかしていませんよね。
せいぜい私は、やるべきものは何かなー?って考えながら問題を与えたり、細かい添削をしたり、解釈に悩むところをフォローしたりする程度。(でもそれが一番忙しかったりするのだけれど。)
非受験学年の方は、よくよく中三のこの時期の雰囲気を見ておいてほしいですね。
これが勉強するってことであり、キミたちの勉強なんて、まだまだ勉強の「べ」の字ですらないことに、きっと気がつくと思うから。