健康のために断ったことは?
私の場合は………
食べ過ぎを絶ッた…
この一点!!――――
▼本日限定!ブログスタンプ
2024年4月7日(日)
こんにちは雪月 剛(ゆづきごう)です。
今朝アメーバさんより
先日の1日(月)にも寄せられている
今日
二編目の「 リブログ 」……
〈 原文に段落行間隔らの改定を施しています… 〉
どうか
よろしくお願いいたします~~~
今日は
2022年4月7日(木)。
きのう きょう
と
いよいよ桜も散り始め、ちょっとでも風が吹こうものなら
即
桜吹雪に早変わり――――
今朝ふたたびアメーバさんより「 リブログ 」
が
寄せられていました。
ですので
ここに「 リブログ 」 最優先
で
早速の活用をさせていただきます
ので――
どうぞよろしくお願いいたします。
それではリブログです~~~
- テーマ:
- ブログ
今日は4月7日(水)。
どうぞ よろしくお願いいたします。
今朝いつも通りの 「 雪月 剛のブログ 」
を
開いたところ
アメバさんより ただいま掲載中である〖 モラル 〗に続く内容
の
昨年2020年4月、少し先となる27日付けのリブログ…
〖 モラルっていったい何!? 〗
が
届いていました。
ご好意に甘えさせていただき、
そのまま
ここに引き続きの活用をさせていただきます
ので――――
いつもほんとうにありがとうございます。
それではリブログです~~~
- テーマ:
- ブログ
哲学者の言葉、何か知ってる?
哲学者を述べよと言うのであれば、
なら私は―――
旧約聖書(ヨブ記)に登場している怪物 レヴィアタン
を
コモンウエルス(共和国、とか共同体)、及び国家に置き換え、
その名前より付けられたとゆう、
私、
「 雪月 剛のブログ 」 でよく用い表現しているところ
の、
『 リヴァイアサン(1651年発刊) 』
を
人類に送り出した
世界的有名、
イギリスの自然法哲学者と称される
トマス・ホッブス(1588年~1679年)
を
まず挙げて措きます。
さらに、もう おひと方―――
国を正常に機能させる依法官僚制(legal bureaucracy)ではない、
家産官僚制(disguised patrimonial bureaucracy)
を
蔓延(はびこ)らせてしまう
と、
腐朽官僚制(rottenbureaucracy )
を
構築してしまい、
行き着く先は、終に国の破滅を招く、
《 官僚栄えて国滅びる 》
という
人類に対する警鐘警告を唱えた
ドイツの世界的有名、政治、経済、社会科学者でもある哲学者、
マックス・ヴェ―バ―
(1864年~1920年)なる先人
も
ここに描いて措きましょう―――
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雪月 剛のブログ80
日本って不思議な国? 日本人って不可思議な人種!?
パート11
それでは--------
モラルって 人間って
国と国との話し合いが成り立たなくなり、
最終手段が戦争となる、
その戦争
が
人類の残虐性を見せ付ける、最もな見本例となります。
末、どちらかに勝敗が付く。
大昔ならば、
敗者は殆ど抹殺をされるか それとも奴隷。
近代社会と称される今日
では、
勝者が敗者を裁判で裁く時代にはなったのであります
が、
そうなれば、敗者が一方的
に
裁かれ、
悪党にされるのが当然のオチ!!
そして、
勝者側では、相手国の敗者側兵士を沢山殺した兵士
ほど
英雄扱いとなるのは、また必然の成り行き――――
片や敗者側に加担した者は全てが悪党とされ、
殺人者扱い。
だったら、
勝者側〈 アメリカ 〉が行った日本国本土への無差別爆弾投下
やら、
最近、時代の流れとともに風化の兆しが漂う、
現在(いま)のところ、
人類社会の中においては、 唯一
の、
やはり
《 無差別で大量破壊兵器 「 原爆 」 を投下 》
を
されたヒロシマ、ナガサキ
は――――
《 神の眼 〈 もしも、あればの話ですが---〉》
より視たら
どうなんでしょうか!!
ドイツで行われたホロコースト
も、
敗者のドイツ側
が、
もしも戦争勝者となっていたら、
やはり、
どうなっていたことでありましょうか!?
歴史
は、
いつの時代だって変わりゃあしない!
人間がつくった文明の一つ、映画登場の初期頃
に、
チャ―ルズ・チャップリン
(1889年4月~1977年12月)なる人物
も、
自作映画を用いて大変に分かり易い映像表現を以って、
人類社会に対する比喩
を、
世に問うているのは夙(つと)に知られているところであります
〈 最近の世相では、とんと聞かなくなってきてはいますが-----〉。
『 戦争で人間を沢山殺せば英雄となり、
一般社会で
人間一人でも殺そうものならば
直ちに殺人者とされる、
とは
如何なるできごとか!?
〈 1940年制作、”独裁者” など 〉 』
って---------
モラルって いったい何!?
日本国でいえば、
東京裁判とされている裁判も全く同じ。
もしも、宇宙
に、
前述をした〖 神の眼 〗
という
未知なるものの実存があって、
人類に向かって諭すとなれば、
『 人間の勝手な都合に拠って、
裁判と銘打ってはいる
が
裁判という方便を使っているだけの代物であり、
やはり勝者が敗者をただ一方的に裁く
「 リンチ 」
であれば
〈 裁判という文字 〉
は
絶対的に成り立たない。
近代社会は、激しい殺戮(さつりく)の果て〈末〉
に、
〈 モラル 〉
を発見
し、
その 〈 モラル 〉
を
< 法律の基盤 >
として
構築しているのではなかったのか。
東京裁判一つだけの例をみたって本末転倒!
〈 モラル 〉
の
存在なんて何処にあるのか、
何処を探したって何にも見当たらんぞ!
そもそも裁判なんて銘打つのが間違っている!
妖しい、 それはマヤカシというもんだ! 』
と
説いたりするのは間違いないことでしょう。
《 この勝者の理屈都合で決定させた裁判
で、
日本国のトップ
< 天皇 >
に
何の責任も与え〈取らせ〉ませんでした。
全部部下の責任だったと転嫁してしまったのです。 》
この事実は、
どのように捉えてみたって道理というか、
『 自然の法則 』
に
全く逆らったシロモノであり、
理屈に適ってはおりません!?
ここで、
既に故人ではあられます
が、
法学者で社会科学者小室直樹博士について、
一言二言、
私はお断りして措きたいことがあるのです。
その 天皇についての論説
と、
もう一つ
元総理大臣田中角栄氏(1918年~1993年)に関して
の
小室直樹博士の見識見解についてであります。
まずは、
元総理大臣田中角栄氏より―――
数学者で社会科学者でもあって法学者でもある
小室直樹博士が指摘
説いているように元総理大臣田中角栄氏事件裁判
が、
明らかなる憲法違反が行われているとは確かな事象であろうと存じます
が、
しかし、
その論説の仕方は捉えように拠って、
社会科学者小室直樹博士
に、
難点を指摘するお方がおられない
とも限りません。
私自身
も、
その中の独りに入るものでもあります。
元総理大臣、田中角栄氏事件の法的なところだけを指弾
し、
国民を代表をしている総理大臣〈 人間の 〉として
の
《 モラル 》 訴求
を、
いささか損ない緩(ゆる)くなってしまっているのではありませんか
と―――
私もこればかりは合点がゆかないところなのです--------
< まだあります。 日本人種にはタブーとされている領域、
天皇
に
関しててであります。
日本国の最も根幹に触れるお話とはなります
が―――
人類社会において、
最も重要な根幹の筈である小室直樹博士自らも論説しておられる
《 モラル 》
を
〖 日本国法律から鑑みれば 天皇 には何の責任もない 〗
と
しておられるところです。
〈 その理由から前回の「 雪月 剛ブログ 」 内
で
〖 天皇 〗に関した目次
を
「 黒字 」で大文字にしてあるのです 〉
天皇についてのお話は後述とさせていただきます
が------ >
日本国で誰よりも卓越した的確な数多(あまた)の論説を放たれている
小室直樹博士にして
は、
これ如何なるものでありましょうや!?
小室直樹博士が我々小市民に最も説かれようとしている、
「 人間として最も大切な基本について 」
が
少々狂っていやしませんかと言いたくなるのです――――
昭和天皇と元総理大臣田中角栄氏へ
の
小室直樹博士解釈についてを量れば
間違っているとまでは決め付けはしません
が、
人間の最も根本でなければならない
《 モラル 》
についての追及(訴求)
が
残念ながら、随分と生温(なまぬる)いではないのか
と
思はされてしまうのです。
田中角栄氏といえば、
日本国社会で最も 《 モラル 》 が求められる厳しい立場、
日本国総理大臣に自ら望んで起っておられたのですよね――――
田中角栄氏は日本国という一国の宰相であり、
権力者で支配層の地位であり、
それは、
普通の一般人の立場ではない、
国の指導者であり、人間としてのリーダー
で、
規範、並びに模範でもあるべき総理大臣
と
なっておられるのですね―――
ですが、そんな指導者であるお立場の人
が、
人類のつくった、日本語でいえば
< 「 弱肉強食 」 と 「 食物連鎖 」
という
人類の欺瞞(ぎまん)代表の言葉 >
の
違いほど非常に難しい矛盾!?
人類が持つ 『 性(さが) 』 という、どうしようもない 『 業 』、
《 如何な知能を持とうとも、 それが人類の限界であろう!?
性(さが)問題 〈 何れ後述をするつもりです 〉》
に
陥っているお人だと私は見ているのです。
要するに、指導者としては決して外してはならない
《 モラル 》
を疎かにしてしまっているお人であると私は言いたいのです。
しかし、けれども、
小室直樹博士は、《 金権問題以上 》
に、
人間として最も尊重をし、重要視しなければならない、
そこの追及
を
見落としているというより
も
許してしまっておられます。
リーダーに 「 実行力の馬力 」 さえあれば
少々の悪さ 〈 色欲、金欲 〉 くらいは眼をつむり
「 大目に 」 見てやれば良いではないか
の
スタンスにしか受け取れないのです。
残念ながら、
ここに学者の悪弊〖 机上の論説 〗が窺われてしまうのです。
田中角栄氏は54歳で1972年(昭和47年)7月7日(第64、第65代)
総理大臣になっておられます。
その前に、1968年(昭和43年)角栄氏
が、
自民党、都市政策調査会会長として発表した『 都市政策大綱 』
を
ベースにしたといわれる、
世に有名な 『 日本列島改造論 』1972年6月11日、日刊工業新聞社。
が
発刊されているのです。
以前のブログで、私は若い裡に比較的早い段階で稼いでいて
事業に乗り出そうとしていたと申し上げています。
やはり世に有名な、池田内閣
の
『 所得倍増計画 』 があったにして
も
田中角栄氏が総理の席に就くまで
は、
そんなに大きな変動もなく
まだまだ
比較的 緩やかな社会の進行でした。
全く個人的なお話とはなるのです
が、
何故
私がそんなことを申し上げるのかと言います
と、
ずーっと土地探しをしている時期と連動していたことに拠って当時
の
『 日本列島改造論 』 を思い出します
と
腹が立ってくる所以からです。
大学にゆくのを諦めて事業への道に邁進、
当時で、
億単位のお金を稼ぎ出し備えていた
のに、
角栄氏が総理になった途端、
土地の値段が急騰し出し、みるみるうち
に
お金の価値がなくなってゆく
のを
身を切る想いをして肌
で
実感をしているから所以なのです。
丁度また同じような時期、
私がその当時、師と慕っていたお人の娘さん
〈 当時、東京大学農学部教授江草周三氏(1920年~?)助手 〉
が
新潟県の高田市というところに嫁いでいるから
と、
そのご主人〈 当時、農林水産省 〉のご実家
に
師とともに訪れた経緯があるのです。
当時は、
北陸高速道路の建設がまだ緒に就いた頃
で
殆ど途切れ途切れの未完成。
ですので、
現在(いま)でいう旧道、従来の道路を走行をした、
とても時間の懸かる
それこそ長旅をしているのです。
当時私
は、
友人の関係から東京にもよく出張をしていました
し、
東京の物件も視野に入れながら、
名古屋市を中心
に
事業土地の物色をしている最中にいました。
目的地への途中には、山また山、峠につぐ峠
の、
ひなびた風情の町や村を通り過ぎる連続でありました。
それが
新潟県の市街地に入る段階を迎えるや否
や、
途端にガラリと雰囲気が変わり、
当時でも眼を見張ってしまうばかり
の
衝撃の光景が眼前に広がって来たのです。
それは、
都会の道路状況と殆ど違わない情景だったからです。
否、
寧ろ私が住む田舎町よりも遥かに道路状況が整備をされていて、
それには
驚愕しかありませんでした。
帰路には、富山県、石川県、福井県、
そして
滋賀県に跨ったコースをとってひた走っているのです
が、
新潟県とはまるっきり異なっていた様相をいまでも忘れ得ません。
その地元より一国の長、総理大臣
が
輩出をされたなら、
こんなにも 地元行政が違ってくるものか
と
見せ付けられた思い
で、
当時唸ってばかりいたこと
を、
こうして描いていると鮮烈に想い出してしまいます。
おそらく、
田中角栄氏の剛腕
〈 あえて、剛腕と言わせていただきます! 〉
が
なければ
できなかった特別の行政であったのかも知れません
が――――
当時、師と一緒に新潟県を訪れていなけれ
ば
その情景を全く知らずに私は終わっていたことでしょう。
論説だけではありませんよ!
自分の肌身で実際に味わっていました、
と
当時の様子を申し上げたかったのです。
前述した〖 人間の性(さが)の問題 〗
と
全く同じ理由
で、
一国の指導者たる宰相ともあろうお人
が、
こんなんで許されるのであろうか
と、
師とともに嘆いていた
当時の
私がいたのです-------------
―――パート11は以上で終わりにします。
続きはパート12へと――――
2020年4月27日
雪月 剛(ゆづきごう)
下記は拙著の喧伝です。
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欺瞞だらけの日本: 告発 -日本国民に告ぐ2
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告発 ~日本国民に告ぐ~
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――以上がこの度のリブログ。
長文で真に恐縮ではあります
が
まことにありがとうございました。