俗に言われる源平合戦。この最後の戦いとして知られる壇ノ浦の戦い。この戦いの現在の史実は、安徳帝が海に入水したというものである。これは源氏の史実であり、平家の史実は違った。
天下平定を成し遂げた平家は、先祖由来の龍及國へ戻ったのだった。龍及國は、瑠璃色の海にかこまれた南海にある島である。平盛春は、安徳帝の子孫を龍及國統一の国王にするための戦いを開始したのだった。
龍及國の中央にある山田城が盛春の本城であった。龍及國は大きく分けて3つの国に分かれてしまっていた。山北国・中山国・山南国である。
盛春は山北国と中山国の境にある山田城から、山北国を攻めた。次に、3国で最強と呼ばれた中山国を滅ぼし、山南国を滅ぼした。安徳帝子孫の国王を中山国の中心であった浦添城を王府とし、盛春は中城を戦城として自身が入城した。
盛春は、山田城(読谷山城)で隠居した。


