今年は梅雨が明けるのが早過ぎて、セミの鳴き声が追いつかないままうだる暑さが始まった。
早すぎる初夏の午後、いつかは港に立って都会的な潮風を感じながら、あいつのことが好きなのかもと自覚したのは去年の夏だったことを思い出す。
あの夏は、いつかがもう20年以上大好きな2人組フォークシンガーの久しぶりのライブがあった。
ステージに集中しているのになぜか、何の曲を聴いても全部頭にあいつが登場してくるウザさ。
呼んでないのにずっと出てくる。
ステージに立つ大好きなふたりの生歌聴きながら浮かんでくるあいつの影、けどそれは意外と嫌じゃなかった。
あ、そうか。
あたしはあいつのことが好きなのかも知れない。
その夏の新曲をステージのふたりが歌い出したとき、何故かつーと泪がいつかの頬を流れた。
一度流れるとそれは止まらなくなり、いくらでも泪は湧き、絶え間なく流れていった。
1年前のいつかは、始まったばかりの自分の恋心を普通に楽しんでいた。
出会って2年以上経っているのに、毎週のように顔を合わせていたはずなのに、それまで全然見えていなかったあいつのこと。
ステージで心から歌う二人組が、大事なことを自分に気付かせたのか、とも思った。
好きに気付いてからは、あいつのことはただとにかく信頼できて安心できるという関係が嬉しかった。
あいつの年齢も知らなかった。
好きでいることがただ幸せなんだと、その夏初めて知った。
普通の恋だと思っていたのに、思うようにいかない。
それは、あいつには失恋することさえもうまくできないということだった。
それから今日まで、訪れたどの季節も、楽しい気持ちと並行していつも胸が痛かった。
苦しかった。
そのことを思い出しながら、季節がひと巡りした今日も、ステージで彼らが熱唱するもう新曲じゃない夏の曲を聴いていつかはまた泪を流した。
もがくような毎日を積み重ねてようやく辿り着いた2回目の夏に流す泪は、これまでの全部を浄化した気がした。
ツインレイテキストに書いてあった。
いつかの魂は1年の間でかなり磨かれたに違いない。
今度はそんなことがある自分の人生が面白くなってきて、もう魂がどんどんキレイになっていく感覚に、新しい楽しさを覚える。
いつかは、前に進めずいつまでも色んなことから逃げているあいつを置いてけぼりにして、ひとりで構わずどんどん成長していた。
こんなに苦しいならツインレイじゃない方が絶対良い。
強がりでもなく、本気で思った。
否定しても無視しても、どうしても消えない感覚は、温かくて優しくて、そしてとてもしぶとかった。
大事なものだから捨てられない。
そんなのわかっていてもツラいから捨てたい。
堂々巡りの毎日は、ひとつひとつ、ゆっくりと、そしてあっという間に過ぎていた。
自分の中にいるあいつは、どうしてそんなにナチュラルにずうずうしいんだろう。
ごくごく自然にいつかの心の中に住み着いて、シゴトの邪魔をするでもなく、楽しいシュミの時間をハバむでもなく、けれど圧倒的な存在感で小さな温かな光をいつかの心の隅に灯している。
いつかは、いまはずっと会っていないあいつの顔を忘れかけている。
それほどどうでもいいのに、どうでもよくない相手、それがあいつだ。
第2話 「夏の記憶」