いつかはわかっている。

あいつはまだ目の前のエゴにしがみついていて、自分自身とも、いつかとも向き合えていないことを。


それは、苦しいことだけど、いつかはいつか自身の生活をしていないといけない。


あいつがエゴを抱えたまま動けないでいるのと、自分の人生を自分で回している感覚を得たいつかとの違いは、自身に向き合えたか向き合えなかったなのだろう、といつかは考えていた。


いつかとあいつは、仲は良かったけど、外でデートしたことはほんの少ししかない。

休みの日の午後、サイレント期間になる前に最後にあいつと会って話したファーストフードで、いつかはビールを頼んだ。


ときどき、あいつが居た場所に来てしまうのは、このままだとあいつをマボロシだと思ってしまいそうだからだった。

あまりにも不可解な現象や感情に、フィクションに仕立ててしまいそうになる。


堂々巡り。


ツインレイじゃないと思いたい。


このまま、一生あいつしか想えないのかと思ったら、流石にリスクがでかいよ、神様、と思う。


きっと、別の人と付き合うことも好きになることもできる。

けれど、あいつに対しての感覚は絶対他に感じるものではないとわかっていて、それがとても温かくて優しい感情だから、これ以上の「人の想い方」はないとわかっている。

強くも熱くもなく、昂りもしない。

ただ、あいつを愛することが当たり前の感覚。

強くないからいつまでも消えないのか、元々熱したら急降下してしまういつかには、このからくりがわからなかった。



ファーストフードを出て最初の信号で足を止め、見上げると満月まであと3日かという楕円の月が見えた。


夜空を見上げるとあったりなかったりする。

昼間なのに見上げればあったりもする。

けれど見えないだけで月はいつも空にある。


いつかの中のあいつも同じだった。

いつも居るけれど、

太ったり痩せたりしながら、

時に存在感を膨らませ、

時に控えめに主張したりしていた。


いつかの中の「あいつ。Lv.満月」が出ると、

苦しくなったり幸せになったり。

いずれかの感情が膨れ上がった。



あいつの持っているエゴは

あいつの問題。

たとえ、いつかとあいつが二度と会えなくなっても、あいつをひそかに応援していることしかできない。

いつかはその覚悟は持っていた。

「最悪、来世」

いつかの最近の口癖だった。


異様に引き込まれる月明かりの下で、

あいつを信じられる自分と、それができない自分とを、両者を、いつかは俯瞰して見つめていた。


往生際が悪いな、と、自分を責めるときもある。


都会の光の中、

存在感のある月明かりの下で

今日も今日とて、堂々巡りだった。