読者の皆さん、今晩わ。夜分にすいません。
「前衛を前衛たらしめてるものは、なんなのか?」という問いに対して、年下の作家からは、「無難な言葉と考えてる」と返信が来ました。確かに10歳以上年下ですが、正直驚きました。作品を作るには前衛でなければ活けないと心がけてましたが、逃道になっているのではと解釈できるのでは、ないか?前衛と言っていれば、作品行為は許される。と。
確かに彼女は、ハードルを高くせず作品を観て欲しいと、常日頃から望んでいる作家ですが、。
まあ、解釈は、作家がいくら力説しても、解釈は観者にゆだねられるわけで、作品は作った瞬間から、作者の手を離れ、観る側に決定権は移り、冒険が始まる訳ですが。
山本は、前衛という姿勢の作家は、時には、創造と破壊という芸術行為が、己自信をも前衛として、人生にも行き詰まり、自死へと至ってしまう状況に、問いかけを行ったという趣旨でしたが、そして、その様な状況を救えない、評論家へのアンチテーゼではあったのですが、。

作品を見出だせる評論家が増えてほしいですね。