兄には借金があった。

ギャンブルで出来た借金。

兄がギャンブルをするようになったのは、母が一番最初に劇症肝硬変で救命率3割と言われてからだった。

転院した先の病院で、小さく背中を丸め窓の外のマンションを眺めていた母。

「マー君は、どのマンションがいい?お母さんは、あれかなぁ…」


「そうやねぇ、俺はあれかな?」

静かに涙を流しながら優しく返答する兄。


その帰り道、

「あんなオカン見てられんよなぁ。俺、パチンコしてる時が1番何も考えんで済むから楽なんよな。」と言った。


それからだった。兄がギャンブルにのめり込んでいったのは。


パチンコしながら現実逃避したくなるほどに、目まぐるしく日々は巡っていたから。

依存性になるのも容易かった。




今思うに、ウチはネグレクトだったのだと思う。

それは母と父が離婚して、母が寂しさを紛らわすために飲むお酒から始まったのだと思う。


家に帰ってこないことはザラだし、何日も電話が通じないなんてことはしばしばあった。

そんな環境を子供は不信に思わなかった。

だって子供は今いる世界が全てなのだから。


普通とは違うとか、お母さんがおかしいとか、そんな概念は生まれないのだ。

虐待される子供がいつまでも親を愛し信じるのと同じで。


そんな環境下で育った私達は未熟だった。

アダルトチルドレンというのだろうか。

いつまでも幼心を引きずって大人になりきれなかったのだと思う。


そんな日々を過ごして、酒に溺れ死んでいった母を私は心底嫌いになれない。

ずっとずっと好きなんだと思う。

好きだから許せないし、家族だから許せるんだ。

もっと話がしたかったし、頼れる親でいて欲しかった。

病気のことを心配して、母の命の灯火が消える時間に怯える日々を思うとホッとしている自分もいる。


なにが正しいのかなんて分からないけど、もう母はいない。


話は逸れてしまったが、今度は兄を救う番だ。

兄に一番効果的な言葉はお金だ。

むしろ、あの家から出られない理由もお金だ。

何をするにも先立つものが必ず必要なんだ。


処分費用、引き払い費用、うちで生活するための最低限の家具を用意すると言った。

入院費、入院にかかった諸々の費用、そして入院する時に立て替えた借金返済のお金も。

お金に余裕がある訳では無い。

だけど、これで兄の生活が立て直されて明るくなるなら安いもんだと思った。

妹も、家を引き払ってうちで同居することに賛成してくれた。いつも姉ちゃんにばっかり色々させてゴメンね。とも言ってくれた。



兄も心のどこかで今の生活から抜け出したいと思っていたはずだ。

ここまでで兄に躊躇する理由なんて、世間体くらいしかない。


だけど私には関係なかった。

もう誰かの人生が壊れていくのを近くで見ていくのは嫌だと思った。