精神世界に足を踏み入れて15年。

ヨガを始めて10年。

レイキをはじめて4ヶ月ほど。

その他、ヒーリングに関する独学は数知れず。


今では

自分で自分を癒すことは日常になり

小さな引き寄せぐらいなら簡単に起こり

インナーチャイルドと会話し

チャネリングし

うつにもならなくなった。


だけど

ヒーリング能力と人格は関係がない。


ハートがなければ意味がない。

ハートで目の前の人と繋がれなければ意味がない。


人格は、人とかかわる事でしか成長しない。


何事もそれに適した段階というものがあるから

まずは自分で自分を癒せるようになるのが先。


それができるようになったら

次は今まで見ていたつもりになっていた

自分の闇と向き合うこと。


そして自分の中の光と闇を統合する。

果てしない道のはじまり。





夢日記をつけている。

印象的なシンボルを夢辞典で調べ、自分なりに解釈する。

そのシンボルが「幸運」に関するものだと

「これは近々良いことあるぞ、うしし(笑)」

と期待するが良いことがあったためしがない。


小さな偶然の一致が重なり、

「これはきっとこういう意味に違いない!」

そう思って行動したら

たいてい特になにもない。


直感なんていい加減なもんだ。



今朝、夢を見た。

私の子供が川に落ちて溺れる夢だった。

目が覚めた瞬間

これは過去生で経験したことだとすぐに分かった。

それが本当だという証拠はなにもないけど

そう確信した。



直感っていうのはきっとこいうものなんだ。

そこになんの疑いもない。

そこにはなんの期待もない。


覚えておこう。

自分の能力を誇示する為や

何かを期待して読み取ったものは

いつだって歪んでいる。






通勤途中の道で、こてこてのロリータの女の子をたまに見かけます。

私の住んでいる所は田舎なので、彼女はいつも二度見されています。

彼女とすれ違うと、私の心はいつもチクリと痛むのです。


私も20年前(!)は、彼女と同じような服装で町を歩いていました。

何層にも重ねられたレースで身を包んでいると

他人に見られては困るものが、隠せるような気がしていたのだと思います。


二十歳も過ぎ、いつまでもこの装いでいる訳にもいかないと

大好きだった洋服たちを封印しました。

死ぬときに棺桶に入れてもらおうと、押入れに寝かせておくことにしたのです。


三十歳も過ぎ、社会と折り合うことも覚えました。

そして通勤途中で見るロリータさんを見て、

「きっと20年後には、

『あの時フツウの格好してれば、婚期を逃さずにすんだ』って後悔するってー」と

勝手に自らを投影し

失礼な忠告を心の中でしていたのです。


最近になって、彼女を見て心が痛む理由がわかりました。

大人になって

そつなくこなすことを優先し

人に認められることが目標になって、

自分らしく在ることを後回しにしている自分に

無意識は気づいていたんだと思います。


自分らしく在るためには覚悟がいります。

人は理解してくれないかもしれないし、

世間的な考え方とは、ずれているかもしれない。

それでも私はこれでいいと決めるには

腹をくくらねばなりません。

それは自分の人生に責任を負うということです。


逆に言えば

自分の人生に責任を負えないうちは

「自分らしく」なんて生きられないのかもしれません。


私もまだまだ覚悟ができていなかったんだね。



ちなみに、押入れで眠らせておいた私のロリータ服たちは

今年の初めにサヨナラしました。


おばあさんになって、あの世にあの衣装で行ったら、

向こうの人たちも、びっくりすると思うので。