ある方のレイキの本を読んだら、シンボルもマントラも独自の解釈の仕方、

使い方をされていて、私が習ったやり方とは違っていました。


私も第1シンボルの形と意味が腑に落ちなかったり、

第4シンボル→3→2→1と使うことに納得できなかったり、

色々と腑に落ちなかったのですが、その本を読んで納得できました。

その先生のやり方に納得したというよりも、

「なんや、納得できひんたら変えていいんや」と。


臼井先生のレイキから、今は色んな発展系レイキがあるんだから

変えてはいけないと思うほうが不自然なのかもしれません。


納得いかないまま使うのもなんだなと思い、

最近セルフヒーリングの時は、シンボルとマントラを使わない実験をしています。


最初は「習ったとおりにしないと、ちゃんと流れないのではないか?」と思いました。

でもその思い込みこそが、宇宙と自分を切り離しています。

自分の感覚を信用して、ただ身を委ねることにしました。


自分の感覚を信用して、ただ身を委ねる=宇宙と繋がることです。


結果的に、シンボルとマントラを使わなくても、効果に変わりはないようで、

相変わらず今日も元気です。






私にとって最も偉大なヒーラーは、飼い猫の「ちーちゃん」だった。

彼女は彼女らしく生きていた。

食べたいときに食べ、眠りたいときに眠り、甘えたいときにだけ甘え、

大嫌いな子供が家に来ると一目散に逃げた。

私はそんな彼女といる時だけが、唯一穏やかでいられる時間だった。


ちーちゃんは猫だから、もちろんなにもしてくれない。

励ましもしてくれないし、ヒーリングもしてくれない。

それでも私は勝手に癒された。

ただありのままに存在している物体が、隣にいるだけで安心した。


「もっと上手にヒーリングができるよになりたい」と思えば思うほど、

「人を癒す仕事がしたい」と言えば言うほど

ちーちゃんの在り方から遠ざかる。


ちーちゃんは、ただそこに自分らしく居ただけだ。


私たちは人間だから、

食べたいときに食べ、眠りたいときに眠り、甘えたいときにだけ甘え、

大嫌いな子供が家に来たときに、おとなげなく一目散に逃げるわけにもいかない。


だけど自分らしく、ただそこに在ることはできる。


何もしないのに勝手に人が癒されていく。

それが本物のヒーラーだ。

その存在自体が、神を、宇宙を体現している。



私なんて薄っぺらい人間は、その足元にも及ばないけれど

そう在りたいと思う気持ちだけは、持ち続けていたい。








私は今も

「自分は最低な人間だ」と思うことがよくある。

プライドばかりが高く人を見下したり

やると言ってやらない自分を正当化したり

他にもそう思う理由には事欠かない。


その度に私は自分を

「クズ!」と罵倒するが

それは決して自己否定しているわけではない。



私は世間で言われている「自己否定しない」ということが

どういうことなのか、長い間わからなかった。

「そのままでいいんだよ、受け入れましょう。」

そんなこと言われても現に私はクズだ。

「自己否定している自分を否定しない」に至っては

なんじゃそりゃ意味わからねえ。



だけどセルフヒーリングを続けて

自分で自分の事が癒せるようになっていくうちに気づいた。

本質であるたましいと、人格は別物だということ。


本質であるたましいは、誰にも否定されないし傷つけられない。

あなた以外の他の誰も、あなたのたましいを傷つけることはできない。

あなたのたましいを傷つけられるのは、それを許したあなただけなんだ。


あなたが想像しているとおり

あなたの歪んだ人格はクズ同然かもしれない。

だけどそれはあなたの本質ではない。



あなたの本質である魂は何ひとつ穢れていない。


だから思う存分クズ同然の人格を否定すればいい。

そして少しずつ、たましいが望む本質へ近づく努力をすればいいんだ。