ダイオキシン問題で一儲けしようとした人たち
1972年にダイオキシンは「動物に対する毒性がある」ということが発見されました。
ただし、今ではダイオキシンが動物に対しては毒性があるけれども、人間に対して毒性がないということの理由はわかっています。
ダイオキシンは火を使うことによって発生します。
かつて人間が火を使わなかった時代には、人間がダイオキシンに対して弱かった可能性がありますが、火を使うようになってからは常にダイオキシンにさらされてきましたから、ダイオキシンに対するレセプター(受容体)が体内にあって、ダイオキシンが体内に入ってくるとそれをカバーするという作用を備えています。
ですから、動物に有害だから人間に有害ということはありません。
ある物質が、ある種の生物には害をなしても、他の生物にとっては無害であるということは、生物界ではよくあることです。
たとえば、酸素がなければ人間はすぐに息が詰まって窒息死してしまいますから、人間にとって酸素はなくてはならないものですが、しかし逆に酸素が猛毒になる生物も存在します。
亜鉛のような例もあります。亜鉛は人間にとってある程度は必要ですが、一定量を越えてしまうと毒物になります。
また、ヒラタカゲロウというカゲロウの一種は亜鉛がちょっとでもあると死んでしまいます。
このように動物の種類によって毒物というのは大きく違うので、ある動物に毒であることと人間にとって毒であるかは別問題なのです。
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ところが、1972年の発見が比較的センセーショナルだったために、それから20年くらい経ったころには、ダイオキシンが毒物として世の中で知られるようになりました。
1990年のあたりになると、ダイオキシンで一儲けをしようと考えた科学者の一団が現れました。その人たちが「ダイオキシンは猛毒である」という説を唱え始めたのです。
そして、1995年ごろにはこれが社会的な活動になります。
「ダイオキシンを止めなければいけない」ということでその発生源を研究する、もしくはダイオキシンの分析方法を検討するというような研究がものす ごく進み、ダイオキシンの研究さえすれば研究費が得られるということになりました。
これは地震予知にしてもダイオキシンにしても、この後で触れる血圧やコレステロール、タバコなどに ついてもそうなのですが、現代の科学の研究は学者が自由にテーマを選ぶのではなくて、国がこの方向に研究を持っていきたいと思うとそこにお金を配るという形になっています。
これに対して学者はというと、いつもお金がないために、国からお金がもらえるのならそれをやろうと考えることになります。
『フェイクニュースを見破る 武器としての理系思考』武田邦彦 (ビジネス社刊) R060602 P084