昨日、2009年8月22日(土)は、静岡市で僕らが「あそびのアトリエ」として活動しているアートセラピーのワークショップ
「アートファシリテーションのひらめき」
の第5回目でした。
このワークショップは1年を通して全16回行い、最終的には参加者が自分自身でアートを使ったワークショップを開催できるようにするための講座です。
前半はアートセラピー自体に触れ、自分自身を知るということが目標になります。
昨日は、ドラマセラピーを体験したのですが、主な内容は2つありました。
1つめは、
・自分の身近な人になりきって、自分のことを相手に紹介してみる
です。
これ、簡単そうに見えて、とーっても難しかったです(^^;)
今までドラマのワークはたくさんしてきたのですが、個人的には一番難しかったかもしれません。
ちょっと試していただければ分かりますが、例えば、
「オバマ大統領になって自分自身を説明してみよう」
とかだったら、逆にやりやすいのです。
でも、自分にとって身近な人になってというと、まず「照れ」が先に来てしまうし、そもそも
「この人は、本当のところは自分のことをどう思っているんだろう……」
とか考え出すと、結構怖くなって動けなくなるところもあります(^^;)
おもしろいワークなのですが、いろいろと考えさせられました。
それから、2つめのワークは
「自分と一番遠いと思う人の仮面(もしくは一番嫌いな自分)を作って、4人グループで即興劇をしてみよう」
というものです。
僕にとって、「自分と遠い人」というのは、実は難しいテーマだったので、自分の一番嫌なところというのでつくってみました。
僕がふっと思いついたところでは、
「怒り」と「無気力」
というのが、自分にとって一番嫌いだなあと思ったところです。
そこで、左側に「怒り」を、右側に「無気力」を表現してみました。
ま、仮面自体はいろいろ合わせて20分くらいでつくったものですので、こんなもんでしょう(^^;)
これを作った後、4人組でいろいろシェアをして、その後、即興劇をしました。
4人家族を演じたのですが、僕は結婚が決まった娘(飄々としている)と、妻・義理の母(人を認めず、怒りを爆発させる)との間でオドオドしている「マスオさん」役でした。
みなさん、演技が始まると役に入り込むので、結構激しく突っ込んできます(別に皆さんが演劇の経験があるわけではありませんが)。
タジタジ、うろうろ、キョロキョロとしているうちに即興劇は終わったのですが、終わった時に手が震えている自分自身に気づいて、ちょっとびっくりしました。
ワークショップの最後にみんなでシェアをしたのですが、その時に、話をしている自分自身にびっくりしました。
「自分には、『恐れ』ている自分、『怯え』ている自分というのが嫌で、それを乗り越えるために『怒り』や『無気力』を使っていることが分かりました」
これ、「話している自分の話を聞いているもう一人の自分」を意識したのですが、正直びっくりしながらも、とっても腑に落ちました。
「怯えている自分」
こんな言葉が出てくるとは思いませんでした。
でも、よくよく考えてみると、そうだよなあと納得できたのです。
この話をしながら思い出していたのは、幼稚園の時の自分でした。
それから、自分自身の過去のことがパッパと目に浮かんできました。
確かに、自分には弱かったときがあって(子供なら誰でもそうだろうけれど)、それが嫌で、それを乗り越えるためにいろいろと無意識に頑張ってきたなあ。でも、過剰適応しているところもあるようなあ。今の段階で、怒りや無気力になる必要もないなあ……。
腑に落ちる体験、これもAHA!体験なのかもしれませんが、これって、強い体験ですよね。
きっとこの経験によって、僕はもう少し強く、もう少し楽に生きられると思います(たぶん)。
さち先生が言っていました。
「セラピーって、そんなに楽しいだけのものじゃないですよ」
確かにそうかもしれない。
でも、セラピーが必要な人はたくさんいるんですよね。
一昨日読んだ本で
グリゴリー・バーンズ『脳が「生きがい」を感じるとき』(NHK出版)
にも書いてありました。
「満足感を得るにはまず行動が求められる。それこそが、快楽や幸福感との決定的な違い」
である。だから、満足感を得るためには、敢えて苦痛の体験を求めることもあり得る。
「満足感はあなたが本来すべきことをしているというシグナルを脳が出している証」
なのだ!
これだから、アートはやめられません(^_-)




