台南市官田区になる烏山頭(うさんとう)ダムで、同ダムの建設に尽力した日本人水利技術者の八田与一(八田與一)氏の没後71年に当たる8日、八田氏の慰霊祭が営まれた。

 呉副総統が儀式を主宰した。台湾側では台南市の頼清徳市長、高等法院(最高裁)台南分院の鄭玉山院長、政府農業委員会の陳文徳主任委員、台南市議会の頼美 恵議長、前国策顧問の黄崑虎氏、嘉南農田水利会の楊明風会長らが参列。日本側からは八田与一氏の孫の八田修一氏ら200人が参列した。
  八田修一氏は、設計寿命が50年だった烏山頭ダムが、建設後80年が経過した現在も、世代を超えて機能していることに触れ、「日本人と台湾人は、次の世代の人々の幸福のために力を合わせてほしい」と述べたという。

  八田氏の像は1931年に烏山頭ダムのほとりに設置された。像は本人の意向もあり、威厳を強調しない簡素なものになった。日本統治下における金属類回収 令や、戦後の蒋介石政権下で日本統治時代の顕彰碑の破壊が命じられた際には、地元の人が八田氏の像を隠し、1981年に改めて設置された。そうだ。

 台湾のために尽くした先人を敬い尊敬する。

 だが,忘れてはならない。 台湾人が親日なのは『日本人の清らかさ』であり,日本の植民地となることは嫌がっている。  対等な立場で理解しあえるというのが大東亜構想である。 台湾人に見返りを求めない清らかな協力関係でいることを日本人が理解しなければならないことだと思う。