福島県南部の久慈川のほとりで、名物といえばアユくらい。人口7千人弱の矢祭町(やまつり)は、01年10月に議会が「市町村合併をしない矢祭町宣言」を決議して、一躍注目されました。


 その当時の町のリーダーであった町長の根本良一氏が宣言を起草した。 


 町長自身,宣言を出しただけで、中身は何もないんだもの。これが、のちに、職員が発案した行財政改革につながった。という。


 国(総務省)は市町村「合併しないのは、根本町長や議員の保身のためだ」と得意の圧力をかけた。


 根本町長は国を「平成の合併は財政の論理ばかり。自治体の経営効率を上げ、行革を進めようと。国も借金ばかりで、地方に回すカネを減らしたい。それでいて、合併特例債という借金奨励策を打ち出す。矛盾だらけで、あきれた。」と評している。  もっともだと思う。


 根本町長だけが志が高かったわけではなかった。 町議会議員も志が高かった。 参考に決意宣言の一部を紹介したい。


矢祭町議会決意宣言「町民とともに立たん」

 町議の責務として「町議会議員は、町民の信託を受けた町民の代表である。議員は、町民の声を代表して、矢祭町の発展、町民の幸せのために議会活動に努める」とうたわれている。我々は常に町民の一人ひとりの立場に立って町政に参画しなければならない。町民の生活こそが、日々の議員活動の中で、最も気に掛けねばならない問題である。

 我々が受ける報酬は、町民が汗を流してかせいだ税金であることを忘れてはならない。

 議員報酬の経過を辿れば、執行部とのもたれ合いの中、報酬審議委員会なるものを隠れ蓑にして、その額を住民の目に届かないところで決めていたと指弾されても、それに反論する言葉を我々は持たない。右肩上がりの時代からのお手盛りを重ねてきた結果が、現在の議員報酬につながってはいないだろうか。50年後、100年後もびくともしない矢祭町を作り上げるためには、議会はもう一度原点に帰らなければならない。我々議員は、町民の艱難辛苦を憂い、嘆く声を聞き、見たとき、現在の報酬制度にあぐらをかいているわけにはいかない。そして、我々は報酬制度を根本から考え直すことを決意した。その際、我々は世間一般の常識にとらわれない。矢祭町はいかにあるべきか、矢祭町議会はいかにあるべきか―― ここが我々の議論の出発点であり、すべてである。

 私たちが描く日当制は実費支給が原則であるから、町民の目からも透明度が高く、議員活動に対する対価という意味合いがより厳格化される。これによって、議員の活動状況も分かりやすく、評価もしやすくなる。また、これから議員になろうとする人も、欲の固まりのような金の亡者は消え、真摯に町を思う若い人や女性も進出しやすくなるなど、有権者の選択肢が拡大するに違いない。「選挙には金がかかる」との風説があるが、この日当制の導入によって、「金のかからない選挙」が実現できるだろう。選挙運動のあり方にも一石を投じることは必至だ。何よりも経費の削減によって生まれる余財を、町民生活を豊かにする町民密着の政策に差し向けることができることを我々は何よりも喜ぶ。
 
 幕末を思わせるような出来事だったと思う。 そして自分らから身を削って町民の見本となった。

それは,議員定数を減らし,議員日当制にした。町長以下3役も給料を減らし,総務課長と同じ報酬にした。


 阿久根市も名古屋市もこうあるべきだったと思う人もあるだろう。  地域性や都市化した市民の政治への関心の薄さもあって苦労が絶えないと思うが・・・・・・議員も市職員も権利意識だけが先行して,市民生活はカヤの外になっていると思う。


 初心や原点に戻れる議員や市職員がいないことで市民が怒っているのである。 矢祭町物語の次に物語ができる市町村が現れて欲しいものだ。