黒田官兵衛の名言を今年の最初の言葉にしようと思った。
「我、人に媚びず、富貴を望まず。」
戦国の世が終わり,太閤秀吉の「自分に代わって天下を治めるにふさわしい男は黒田官兵衛ただ一人」という言葉を人づてに聞いて、
「秀吉殿の天下取りため、死力を尽くして戦ったし、苦言も呈したが、功を訴え、恩賞を媚びた事は無い。秀吉殿が、この官兵衛に天下取りの心ありとするならば、秀吉は容赦なく自分を切り捨てるだろう。」
自分の身を安じ、家督を息子に譲り隠居してしまう。
しかし,時は1600年天下分け目の関ヶ原・・・・・・・黒田官兵衛(如水)目算は全国が戦乱に戻ると予測した。そして全てを投げ打って九州の西軍加担の大名の留守を狙い城盗りを始める。 その九州4万の兵を東進させることなく,徳川家康の停戦命令に従った。
本当は・・・・・・九州4万の兵を東進させるべく,時期をはかっていただろうが・・・・・天下分け目の関ヶ原は1日で終わった。
息子黒田長政が徳川方に就いていたことと九州最後の敵勢力である島津討伐に向かっていたことを見ればやはり天下を望める器ではなかったと悟っていたと思う。
徳川家康へさっさと攻め取った城を献上した。 如水と名を改めても戦いの時は金を惜しまず賭けにでるところが面白い人物である。
徳川秀忠は孝高を「今世の張良なるべし」と評したと逸話があるが家康は恐れていただろう。 戦国の世を策士として生抜き,ここ一番で力量を発揮できる実力がある武将であり,一筋縄では従えられないやっかい者だったに違いない。
ここ一番という場面で実力がだせる人物こそ,人に媚びるような生き方をしないものである。
媚びる人間こそが自分に自信を持てない人間であろうと思う。