<小泉氏は01年の自民党総裁選で、「8月15日にいかなる批判があろうと必ず参拝する」と公約した。しかし、首相就任後は8月15日の参拝を見送り、辞任表明後の昨年、現職首相として21年ぶりの参拝に踏み切った。中国、韓国などから激しい批判が噴き出して、外交問題に発展、国内でも賛否が割れる中での参拝だった。>
戦没者を弔うことのうち,A級戦犯が合祀されているから,諸外国からの批難が集中するが,百年経てばどうだろう。
政治家が遺族に対して敬意をはらうのも選挙で支持する遺族が亡くなっていくことで,時代とともに薄れていくのでしょう。
中国や韓国は自国領土を侵されたことを風化させまいと教育にも取り入れている。
日本はどうだろう?教育や歴史について,アメリカが自国領土(沖縄など)を犯したことを憎しみの歴史とはしていない。
戦勝国ではないからである。
当時,アジア諸国の列強の日本は資源を絶たれ,アメリカとの開戦に踏み切った。 今のリゾート地ハワイの真珠湾に先制攻撃で攻め入るのである。
今を思えば無謀な戦争を始めたのであるが,当時の教育は今の中国や韓国などとを植民地化することが日本の未来と説いていたのである。
日本人はA型気質が多い民族で集団心理が大きく教育も一貫して『お国のために命を捧げる』のが当たり前とされてきた教えによって戦争をして,これが誤りと気づくまでに『沖縄戦』や『広島や長崎などへの原子爆弾投下』など一般市民にまで多大な犠牲をはらうまでに至った。
日本人の美意識の感覚はどうだろう・・・小泉前首相は数年前に特攻の町である鹿児島県知覧町を訪ねた時に青年飛行兵が兄にあてた辞世の歌の前で、展示ケースに両手をついたまま声を押し殺して泣き続けたそうだ。
そこにあった辞世の句というのはこういうものだった。
「桜花と散り、九段(靖国神社)に還るを夢に見つ 鉄艦屠らん 我は征くなり」
日本の歴史で負けるとわかっていても戦わなければならない。そんな民族気質があり,幕末の白虎隊や五稜郭の戦いなど それは国を守ることが自分の家族を守ることであり,それを誇りと思うのである。
そういった考えから,小泉前首相の靖国参拝について理解をしつつ,それが時代とともに薄れていくのは偲び難いものがある今日の終戦記念日である。