NHK 風林火山の一幕である。 信虎を討たず追放によって晴信(のちの信玄)の支配が始まる。


 時に天文10年(1541年)晴信が父親を駿府へ追放の時である。


 このとき,後の信玄は『父を討つ』のと『父親の追放』を天秤にかけ,血を流さずに追放することで父親の家臣を裏切らせた。

この成功するために大義は甲斐という国と家来の将来を説いたという。


 この後,信玄公は駿府の今川を頼り,借りを作ってしまったから,信虎の意思を継ぎ,北信濃の村上義清を討ち取り,有名な川中島の戦いに明け暮れる熟年時代を過ごす事となる。


 信玄公の実力から言えば・・・・軍神の上杉謙信と戦うのは真意ではなかったと思う。


 信玄は跡継ぎの勝頼に「謙信は義理がたい武将なので、人に頼られれば決して見捨てる事はない。自分の死後は謙信を頼れ」と遺言したと言われるほど謙信の義を信じて疑わなかった。


 義は貫かず,力で説き伏せる・・・・この世の秩序を乱すもの織田信長は信玄の死により,この後に『時の人』として活躍するが,信玄を恐れ,婚姻関係を模索し、友好関係を保つ姿勢を持っていたほどである。


 戦乱の世がまだまだ続く時代・・・・・歴史は楽しい。。