昔は共鳴されることが好きだった。
想像で作られた気持ちで、本や映画の主人公たちと共鳴するのが好きだった。
笑ったりないたりするが、そんなに重い思いでもないから、すぐ回復できた。
まぁ、本当の共鳴とは言えないだろうか。
少なくとも、落ち込むことは少なかった。
他人の話だからね。
いったん同じ感情状況になれるが、実感とは違うレベルだね。

今は…共鳴することに怖がっている。
共鳴できそうな作品、好みだったけれど見ない、読まないとしている。
実感したことがあって、きついと思ったことに再び共鳴できそうな、強い心を持ってない。


昔、傷跡が残りやすい体質だと医者さんに言われたことがある。どうやら、心も同じだ。

私は強くなりたい。
力を求めている。
だが、考えはいつもパラドックスになってしまう。
人は皆そう言う:
傷付けられることで、人は強くなる。優しくなる。

でも、強くなりたいのは傷つけられたくないのに、そのために、いっぱい傷付けられないとだめなの?
強さは二つの種類がある。
優しい強さと、冷たい強さ。
傷付けられたくない人は、冷たい人間になればいいよね。
光と影は双生してるから、両方を受けるか、全部捨てるか。選ばないといけないよね。
「どっちでもない」なんて、アンケートにしか存在しない言葉だ。

私は強くなりたいよ。
冷たい人間になりたくないよ。
でも、傷つけられたくないの。
ねぇー、どうすればいいの?


一番近い人こそ、他人よりナイフを深く刺すことができる。
だが、痛みを返せない。
逃げることしかできない。
なぜなら、
なぜなら、
……

……





不注意で、自分の記憶と共鳴してしまった。