和蘭出島 人工島 | 清多夢クラブ

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 江戸時代、和蘭(オランダ)商館が置かれた長崎出島。約220年にわたり外国からヒト・モノそして情報が集まり、日本の近代化に寄与した。1856年(安政6年)に和蘭(オランダ)商館され、「長崎開港」となった。明治後期になると、長崎港湾改良工事により出島周辺は埋めたてられた。電車が走るようになった。

 江戸期鎖国政策のため、岬の突端に扇形をした扇島を築き、外国人と日本人とを隔離した。日本初の海に浮かぶ人工島となる。(出島は1636年に完成、一時ポルトガル人を収容)。日本の近代化に大きな役割を果たした出島の復元機運が高まり、1996年から復元整備が始まる。2016年大半の復元建造物が完成した。

 復元された出島の敷地内には、シーボルト里帰り植物園や15分の1の模型が設置されている。また、明治期に建てたレトロな建物が並んでいる。旧出島神学校、旧長崎内外クラブ、旧石倉など。カピタン(商館長)部屋、ヘルト(次席)部屋では、着物をレンタルして記念撮影ができる。[西日本桜クルーズ-21]

写真1 中島川と復元出島の石垣と塀。

 

写真2 復元水門と和蘭出島古図。

 

写真3 通り両側に復元建物が並んでいる。

 

写真4 カピタン部屋の外観と内部の様子。

 

写真5 明治レトロな建物。旧内外クラブと旧神学校。

 

写真6 出島の模型と桜の古木。

 

写真7 復元された出島家並みの鳥瞰。