「番能迩迩藝」の「番」(ホ)は、「穂」(ホ)に掛かり、「火」(ホ)に掛かる。
【NYNGA】(藍、146)は、【SYMH】(財宝、146)に重なる。それに鑑み、
「番」(ホ)は、一つには、「ḥꜣw」(vintage、18)だろう。「tkꜣ」(torch, flame)。(※「知訶島」の「知訶」)
それを、「ḥꜣw」(vintage、18)=【SYMH】(財宝、146)と見なしているのだ。
* * *
然るに…当然ながら、【SYMH】(財宝、146)=「iw」(島)=「iw」(lament)は、(※「斯麻」に注意)
「ṣarru」(火星のflashing)=「ṣerḫu」(sudden illumination)=「ṣerḫu」(lament)。
「穂」(torch)=「ḥꜣw」(vintage、18)=「ṣerḫu」(lament)=「ṣarru」(flashing)、だ。
#日本語の「穂」(ホ)は、「火」(ホ)に他ならず、「kāgh」(火)の意味に、「kāgh」(鷭)が有る点から、
#「番能迩迩藝」の「番」(ホ)は、「kāgh」(鷭)=「ḥꜣw」(vintage、18)=「ṣarru」(火星のflashing)、だ。
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当時の皇族は、天武天皇に限らず、その程度の知識(=言葉)は、保持していたのだろう。
それが故に、天智・天武の祖母である「宝王」(田村王)は、天智紀の三年六月条において、
「島皇祖母命」と記されている。当時の皇族において「島」(斯麻)という言葉は知られており、
それ即ち…【SYMH】(宝、146)=「ḥꜣw」(vintage、18)=「ṣarru」(火星のflashing)だったのだ。
「息長足日広額」の「息長」も、「嘆き」(長息)=「ṣerḫu」(lament)=「ṣarru」(火星のflashing)だ。