今、「ky」(他、70)=「ky」(猿、70)=「makkara」(猿)=「makara」(鰐)は、
「ym-wꜣt」(海道、599)=「κροκ ό δειλο ς」(鰐、599)、である。
【AROA ZOWRA】(倭国、781)は、「ky-tꜣ」(他国、572)という話である。
* * *
この場合、「倭国」=「他国」=「猿国」=「鰐国」であって、「倭」(夜麻登)の国は、
【AROA GYLSA】(猿国、520)=【MṢRYM】(エジプト、520)ということにもなり、
さらに、それは、【DN】(ダン、65)=「Tnỉ」(老人、580)=「Kmt」(エジプト、580)だ。
絵空事と言うわけにはいかない。何故ならば、実際に、「ky-tꜣ-s」(他国人、642)は、
「八尋和迩」の姿を持つ。「他国人」=「鰐国人」ならば、「和迩」(鰐)なのも、当然だ。
#当然ながら、時期により異なるのだが、「ガリラヤ湖」を含む、いわゆる「カナン」の地が、
#エジプトの属州だったことも有る…その時期において、当該の【YMM十A】(湖、622)は、
#言ってみれば、【AROA GYLSA】(猿国、520)=【MṢRYM】(エジプト、520)、であろう。
#とりわけ、第18王朝の「ハトシェプスト女王」の時代の【YMM十A】(湖、622)は、これ自体,
#【MLK十A】(女王、622)の意匠としても機能。もともと「mꜣꜥ-kꜣ-Rꜥ」(真春日、544)と同義の、
#「mꜣꜥt-kꜣ-Rꜥ」(真春日、1044)を名に持つ点も無視できない。「ハトシェプスト」の治世に注意。