★神的存在としての「嘆き」について考えてみる | ■朽ち果てた館■

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ARIONの預言解読──音楽に載せて

エレファンティネで【YHW】(33)を祀っていた人たちに於いて,

YHW】(33)は、一神教的なものではなかった。また、その後、

一神教化することも無かった。その点を先ず押さえておきたい。(※バビロン捕囚に関与なし)

 

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サマリア」にも、いわゆる「ダン族」が居住していた。おそらくだが、

アッシリアの移住政策で、「クタ」などの人たちが移住してきてから、

ユダヤ人と他エリア(メソポタミア等)の人たちの混血が進んだので、

ダン族」と「クタ」の人々との接点も、「サマリア」で生じたものだろう。

 

#エレファンティネで【YHW】(33)を祀る人たちは、エリアとしては、

#「サマリア」から送り込まれた、とする説が有力だ。その場合には、

#【YHW】(33)の祭祀に、「ダン族」が関わった可能性が出てこよう。(※「クタ」の人々も関わる)

 

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歴史的に、上述のようなことが考えられなくも無い、という状況において、何故か、

ΣBΘA D・DN】(ダン485)は、【ΣBOA】(485)=「imin」()に重なり、(※【YMYNA】(152))

LBNH】(109)=【XWRA】(318)=「ḥՅrw」(318)を含意。そのさいに、

結局、【DN】(ダン65)=【MHWA】(being65)=「ḥՅrw」(318)の系統の者が、

YHW】(自在33)=「i‘ḥ」(109)=【LBNH】(109)を祀ったとも考えられる。

 

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i‘ḥ」(109)=【YHW】(自在33)=【Σ十】(900)=「št」(900)=【MHWA】(美和65)は,

SYNA】(152)=【PMΘA】(152)=「‘Յ」(82)=「Յpp」(182)=「i‘rt」(900)。そう、

捉えられていたのではないか。即ち、一神教と言うよりは、グノーシス的な理解が有ったのではないか。

つまりは…「i‘ḥ」(109)=【YHW】(自在33)=【Σ十】(嘆き900)=「i‘rt」(900)の祭祀なのだ。