エレファンティネで【YHW】(33)を祀っていた人たちに於いて,
【YHW】(33)は、一神教的なものではなかった。また、その後、
一神教化することも無かった。その点を先ず押さえておきたい。(※バビロン捕囚に関与なし)
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「サマリア」にも、いわゆる「ダン族」が居住していた。おそらくだが、
アッシリアの移住政策で、「クタ」などの人たちが移住してきてから、
ユダヤ人と他エリア(メソポタミア等)の人たちの混血が進んだので、
「ダン族」と「クタ」の人々との接点も、「サマリア」で生じたものだろう。
#エレファンティネで【YHW】(33)を祀る人たちは、エリアとしては、
#「サマリア」から送り込まれた、とする説が有力だ。その場合には、
#【YHW】(33)の祭祀に、「ダン族」が関わった可能性が出てこよう。(※「クタ」の人々も関わる)
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歴史的に、上述のようなことが考えられなくも無い、という状況において、何故か、
【ΣBΘA D・DN】(ダン族、485)は、【ΣBOA】(七、485)=「imin」(七)に重なり、(※【YMYNA】(152))
【LBNH】(月、109)=【XWRA】(白、318)=「ḥՅrw」(鴨、318)を含意。そのさいに、
結局、【DN】(ダン、65)=【MHWA】(being、65)=「ḥՅrw」(鴨、318)の系統の者が、
【YHW】(自在、33)=「i‘ḥ」(月、109)=【LBNH】(月、109)を祀ったとも考えられる。
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「i‘ḥ」(月、109)=【YHW】(自在、33)=【Σ十】(六、900)=「št」(百、900)=【MHWA】(美和、65)は,
【SYNA】(月、152)=【PMΘA】(五、152)=「‘Յ」(戸、82)=「Յpp」(蛇、182)=「i‘rt」(蛇、900)。そう、
捉えられていたのではないか。即ち、一神教と言うよりは、グノーシス的な理解が有ったのではないか。
つまりは…「i‘ḥ」(月、109)=【YHW】(自在、33)=【Σ十】(嘆き、900)=「i‘rt」(蛇、900)の祭祀なのだ。