「難波吉師部」の祖である「伊佐比宿祢」に関しては、「佐比」が大事か。此の言葉が同定できなくても、
集めた「和迩魚」の中の「一尋和迩」に、「紐小刀」が添えられ「佐比持神」と呼ばれること。これに関係。
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この「難波吉師部」は、「忍熊王」と行動を共にする。ところが、【DBA ΣWΣA】(忍熊、819)は、
【KAROΣW】(春日、819)=「kՅ-r‘-šw」(春日)に重なる。「mՅ‘-kՅ-r‘」(真春日)を含意。即ち,
「makara」(和迩魚)を含意。「忍熊王」は、やはり、「一尋和迩」(佐比持神)に繋がっているわけだ。
その場合に、ますます、「伊佐比宿祢」に含まれる「佐比」、そして、「佐比持神」の「佐比」が大事だ。
#「阿治志貴高日子根神」は、「所御佩之十掬剣」で、「喪屋」を切り伏せた。
#「火遠理」の「所佩之紐小刀」は、使用される場面が描かれてはいないが、(※…と思う)
#同じ「刀剣」である点で、共通性を持ち、「‘ḥ」(to wipe away)が浮上しよう。
#即ち、「佐比」は、一つには、「sՅ-‘ḥ」(子祓)。又、「‘ḥ」(rope)≒「紐」であり,
#その場合に、「sՅ-‘ḥ」(子紐)。こちらは、古事記の文脈に当てはまっている。