「穂穂手見」において、「穂」(本)の元の意味は、「宝」(タカラ)である。(※「ḥՅw」(wealth)である)
したがって、よく似た「玉手見」の「玉」は、やはり、「宝」(タカラ)も言う。
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ところが…「民」(タミ)や「民人」(タミト)は、「御タカラ」とも呼ばれる。
「穂穂手見」(ホホデミ)と読まれ、それはそれでよいが、その一方で、(※「火火出見」に注意)
「手白髪」(タシラカ)と同じく、「手見」(タミ)と読むことも、可能である。
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そもそも、【OMA】(民、132)は、「‘-mՅՅ」(手見)に掛かる。(※どちらも「阿麻」である)
然らば、「民」(タミ)は、どうしても、「手見」(タミ)を含意する。
即ち、「穂穂手見」の「手見」(タミ)は、「民」(タミ)を含意する。
「民」(御タカラ)を含意する。「穂」(本)=「宝」(タカラ)に整合。
#そのときに、「穂穂手見」は、「穂穂」(本本)の部分が、「宝」(タカラ)を表し、
#「手見」(タミ)の部分も、「宝」(タカラ)を表す。「tՅ-kՅ-R‘」(熱春日)を表す。
#「mՅ‘-kՅ-R‘」(真春日)を表す。「makara」(和迩魚)を表す。これは、やはり、
#「穂穂手見」が、【牛】(Lyra)に当たる、ということである。更に詳しく述べると、
#「手見」(タミ)は、「‘-mՅՅ」(手見)なので、「手見」は、「多麻」とも読めるのだ。
#即ち、「玉手見」の「玉」(多麻)は、「手見」(民)に重ねて、「宝」(タカラ)を示す。
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ちなみに…【ANΣA OMA】(民人、596)は、【BY十 ZBNA】(時間、596)、つまりは,
「ḥnt」(space of time)=「utu」(time)=「utu」(日神)=【ΣMΣA】(日神、852)を含意、
「宝」(タカラ)=「ḥՅw」(wealth)=「mašrû」(wealth)=【十MRA】(棗椰子、852)を含意。
そのときに、「難波」=【NNOA】(mint、202)に関しても、【ΣMΣA】(日神、852)を含意。
「国の民人」とは、「tՅ」(国)=「tՅ」(熱きもの)=「ḥՅw」(wealth)=「宝」(多訶良)を提示。
「余曽多本毘売」の「多本」は、当然ながら、其の「tՅ-ḥՅw」(熱きtՅ-kՅ-R‘)に他ならない。
結局…「多本」は、「多多訶良」であり、「多多良」である。「tՅ-tՅ-R‘」(熱々の日神)である。
どちらにせよ「穂穂手見」は、「mՅ‘-kՅ-R‘」(真春日)を提示。「tՅ-kՅ-R‘」(熱春日)を提示。