「秋津」(阿岐豆)については、歌謡96番において、言わば説明されている。
「阿牟が御腕を咋ふと、即、蜻蛉が来て、その阿牟を咋ひて飛ぶ(飛ばす)」
此処で、「咋ひて飛ぶ」なのか、「咋ひて飛ばす」なのか、どちらかは不明だ。
「阿遅志貴」(忿而飛去)の「志貴」(飛ばし去る)との関係で見れば、後者か。(※「去る」(ヤル)と読む)
#天皇の御腕を「阿牟」が咋うと、すぐに「蜻蛉」(阿岐豆)が来て、
#その「阿牟」を咋って、追い払ってくれた、という話になっている。
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ひとまず、「agiddû」(headband)=「kulīlum」(headband)=「kulīlu」(dragonfly)なので、
謡われている「蜻蛉」(阿岐豆)という言葉は、「agiddû」(headband)=「蜻蛉」、である。
それ即ち、「kilīlu」(wreath)=【KLYLA】(garland、132)=【KLYLA】(冠、132)を含意。
ところが、【KLYLA】(冠、132)は、頭に被るものであり、【OPRA】(hoods、472)を含意。
【OPR】(to cover、470)を含意。「šaḫāṭu」(to cover)を含意。この動詞は、「to jump on」、
「to attack」の意味も持つ。まさしく、「阿牟」の行為や「蜻蛉」(阿岐豆)の行為が、これだ。(※「咋」だ)
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そういう訳で、「蜻蛉」(阿岐豆)の行為は、「佐波遅」(to cover)であって、
「佐波遅」(to be angry)を含意する。「阿治志貴」(忿而飛去)を含意する。
となると、「高日子根」の「高」(多迦)は、「taka」(to abandon)のみならず,
【十GA】(tiara、506)も表す。当該の言葉は、「tkՅ」(torch)と同源であろう。
「tkՅ」(torch)は、「佐波遅」(to be angry)、「佐波遅」(to cover)を含意する。
結局、「agiddû」(headband)=「kulīlum」(headband)=「kulīlu」(蜻蛉)を含意。
「大忿怒」した「伊邪那岐大御神」の坐す「多賀」は、【十GA】(tiara、506)、だ。(※「tkՅ」(torch)に同じ)