まず「大倭日子鉏友──多藝志比古」という系譜における「当藝志比古」は、
「血沼之別、多遅麻之竹別、葦井之稲置」の祖である。元々これらの背景は、
「dusa」(友)=「dosa」(忿怒)=【ΘWSA】(孔雀、89)=「naḍa」(dancer)、だ。
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ひとまず、「多藝志」(当藝志)という言葉は、横に置いておくことにする。
「血沼」と言えば、「血沼海」で、その「море」(海)は、「mor」(孔雀)。(※【ΘWSA】(孔雀、89)だ)
更に、「多遅麻」は、「真の多遅」で、「多遅」は、「tՅ-Յd」(hot anger)、で、(※「dosa」(忿怒)である)
「葦井」の「naḍa」(葦)も、「naḍa」(dancer)・【ΘWSA】(孔雀、89)である。
どこかで述べたと思うが、「血沼」(知奴)は、「tin」(wine)を表す。ところが、
知られる用例が希少とはいえ、シュメール語に「tina」(aggressively)も有り、(※参考ホームページ)
「多遅」=「阿遅」=「Յd」(to be angry)=「Յd」(to be aggressive)、に重なる。
即ち、「血沼」(知奴)と「多遅麻」は、どちらも、「dusa」(友)=「dosa」(忿怒)。
#日本書紀歌謡において、「近江毛野臣」の「毛野」(気怒)が、
#「愷那」と謡われており、また、「奴国」(那国)のような例あり。
#「血沼」(知奴)=「tina」(aggressively)≒「多遅」、としてよい。
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ちなみに、【BARA】(井、307)は、【BRA】(原、305)に掛かる。したがって、
上述の「葦井」は、実のところ、「葦原」を指し示す。この点は、覚えておこう。