辞書を見ると、パーリ語の「māḷa」ないし「māla」の意味は、「a sort of pavilion」とか「a hall」とか載る。
「Non-Aryan」(非アーリア語)と載る。【BY十】(間、523)=【XDW十A】(dance、523)であることから、
当該の「māla」(間)は、「mora」(孔雀)=「haya」(孔雀)=「ḥՅi」(ダンス)を言っている。こういう訳で、
この「māla」(間)は、【MOLA】(produce、172)=【MZLA YMA】(海幸、172)と同源、という話だろう。
#ちなみに、【BY十】(越、523)が、「高志」に作られるのは、表意的に、
#「志貴」(飛ばし去らす)に繋ぐため。「沼河」=「巣日」(須毘)に注意。(※「高志国之沼河比売」と載る)
#「神沼河耳」(綏靖天皇)が、「師木県主」の祖の「河俣毘売」を娶って、
#「師木津日子玉手見」(安寧天皇)を生む。「師木」(志幾)なる地名は,
#「阿遅鉏」(阿治志貴)を念頭に置いた地名…そう言うしかないはずだ。
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【OLY十A NHRA】(河俣、1010)=【室】(10月10日)=【ALP】(アレプ、132)=[𓌸](鍬)は、
【DNWBA】(尾、77)=【十W】(印、507)=【MORA】(印、432)=「mor」(孔雀)ということで,
「河俣」そのものは、【LMANA ΣMYA】(天津、626)の「デネブ」としても、まったく問題ない。
【QΘWRY十A NHRA】(河俣、1407)は、【ΣRΣA RBA】(大根、1407)に重なる。それは,
「神大根王」=【YΣWO】(石上、507)=【十W】(印、507)=【MORA】(印、432)だから、同様。
実のところ「河俣」は、【RKΣA AWRGA】(斑馬、1407)、【SWSYA YWRQA】(青馬、698),
【NWGRYA RBA】(大雀、698)、【ΘWSA RBA】(大きな孔雀、394)=「御櫛」、を含意する。