>日子坐王、山代之荏名津比売、亦の名は刈幡戸弁 〔此の一字は音を以ゐる。〕
>を娶りて生みし子は、大俣王、次に小俣王、次に志夫美宿祢王なり。
(※古事記・中巻より)
今回は、「荏名津比売」=「刈幡戸弁」について吟味する。まず第一に、
「刈幡」(カリハタ)=「蟹幡」(カニハタ)=「綺」(カムハタ)。そのさいに,
「刈幡」=【KMHW十A】(darkness、595)は、【KMHA】(dark、88)、だ。
だとすると、「荏名津」(愛那都)=「ennettu」(勝)=「νίκη」(勝、88)。
そして、もちろん、「荏名津」の「荏名」は、重箱よみの「ニンナ」により、
「ninnu」(五十)=【M】(水、50)=「bā」(水)=【BA】(戸、5)、を提示。
【ALHA DL十】(戸神、595)=【KMHW十A】(闇、595)=「刈幡」、を。
即ち、「刈幡戸弁」の【BA】(戸、5)は、「荏名」=「ninnu」(五十)を提示。
#【NṢXNA】(Victory、231)=【MXBNA D・LLYA】(夜の友達、231)=「梟」から見て,
#「荏名津」(愛那都)=「ennettu」(勝)は、「荏名」=「ninnu」(五十)を含意する。つまり、
#「bā」(水)=【ALHA DL十】(戸神、595)=【KMHW十A】(闇、595)=「刈幡」を含意。
* * *
以上から、「荏名津」(愛那都)は、【NṢXNA】(ennettu、231)=「荏名」(ふくろう)であり、
そういう訳で、【XWA SWMKA MYA】(水依、231)は、「梟」を含意する。さらに言うと、
【XWA SWMKA MYA】(水依比売、249)も、【XWA NṢXNA】(荏名津比売、249)も、
【QWLA】(cruse、249)=「壷」を含意。今、【NṢXNA】(Victory、231)=「梟」(ふくろう)が,
まさに、「bā」(水)=【ALHA DL十】(戸神、595)=【KMHW十A】(闇、595)=「刈幡」で、
そのさいに、【KMHW十A】(闇、595)の訓みである「久良」は、【QWLA】(壷、249)だろう。
当該の【QWLA】(壷、249)は、事実上、「gu-la」(宝瓶宮)=「麻須良乎」(大夫)、と言える。