>三三、 飛ぶ鳥は撃たれた
> 闇に走る者達の
> 「聖なる剣」 によって
>
>三四、 冷静なる知恵者よ 心で見よ
> 全ての 「聖なるもの」 は 神の
> 御業のしるしであり 名前では無い
>
>三五、 全ての腫ようは口を開け
> 膿を流し始めた
> 黙して眺めるが良い
> 人の行なうどんな業も
> 傷を癒すことは無い
(※『光の黙示録』182頁より)
>炎最大となった時に ホホデミ青龍剣を
>振り下ろし 炎の根元から切り分けよ
(※『光の黙示録』208頁より)
「人の行なうどんな業も 傷を癒すことは無い」、という文脈は、
「傷」を癒すのは、「神の御業」に限る、ということを言っている。
* * *
「聖なるもの」として挙げられる【SYPA XWRA】(聖なる剣、500)は、
「名称」=【PRYHDWSA】(medical treatment、500)=「癒し」である。(※「休留」=【昴】(Pleiades)だ)
古事記は、この「名称」の天皇(国玖琉)の御陵を、「剣池」に配当する。(※帝紀の「剣」は当該箇所だけ)
「名前」では無い、と強調するのは、一般に、「名前」とされているからで、
この「名前」(name)が、【SYPA XWRA】(聖なる剣、500)=「癒し」、だ。
#「神の御業のしるし」とは、「神の御業」である「印」(シルシ)、の意だ。
#【SYPA XWRA】(聖なる剣、500)=【PRYHDWSA】(癒し、500)を、
#【十】(印、500)と言い換えている。今、この【十W】(印、507)の場所は,
#紛れもなく、【ΣLHBY十A】(炎、971)の【YΣWO】(根元、507)である。
#なぜなら、【十W】(印、507)=【MORA】(印、432)=「Mūla」(根元)、だ。
#「印」(シルシ)は、【ΣRΣA】(根元、1102)=【YΣWO】(根元、507)、だ。
#即ち、「ホホデミ青龍剣」と呼ばれる【SYPA XWRA】(聖なる剣、500)を、
#適用する場所こそが、【十】(印、500)=【ΣRΣA】(根元、1102)…である。
* * *
「切り分ける」ので、全ての「腫よう」が、【PWMA】(口、149)を開け、
【XMΘA】(膿、71)を流し始める、という話なのか?…どちらにせよ,
「膿」(宇美)が流れる状態は、「海」(宇美)が流れる状態で、更には、
その「海」(宇美)は、【M】(水、50)の集まりだから、「膿」の「流れ」は、
「水流」(都流)、「hyy」(流れる水)=【XYA】(命、31)=[EN.KI](榎)。
これが、「三五」(産後)の状態である。【畢】(3月5日)=「雨」(阿米)も、(※「阿米」は「神水」の意)
結局のところ、「赤」(阿加)=「口水」(阿加)=「膿」(宇美)を含意する。
【BYL RBA】(大年、368)=【NHRA】(stream、368)=「水流」(都流), (※「岐奴」(true)=「土星」)
これこそが【XYA】(命、31)=[EN.KI](榎)=【ARBOYN】(四十、465),
即ち、【NHRA ZWOA】(佐韋河、465)=「狭井河」、ということになろう。(※「佐韋」(quaking)である)
このさいには、「伊須気余理比売」の「伊須気」は、女性であるにも拘らず、
【AΣKA】(testicle、434)=【ADM SRDA】(猿田毘古、434)を含意して,
結局は…【SRDA】(篩、377)=【XWA RXM】(愛比売、377)を含意する。
【XWA RXM】(愛比売、377)とは、即ち、“終わる事の無い「愛」”、である。
「黙して眺めるが良い」と促すのは、もはや為す術が何も無い状態だからだ。