>今、「ṣalmu」(figure)は、「ṣalmu」(dark)に掛かる。つまり、
>【ṢLMA RBA】(大きな形、497)=「大闇」なのであって、
>「沙本之大闇見戸売」に連なる「佐波遅比売」に関しては,
>この「佐波遅」は、【ΣPDA】(篩、497)も表すことになろう。
>つまり、【SRDA】(篩、377)=「猿田」(サルダ)を表すのだ。
(※前項“「天宇受売」の「宇受」は「本牟智」と同義”より)
そもそも上述の【ṢLMA RBA】(大きな形、497)は、
「人馬宮」(=弓宮)の名称だ。その「qaštu」(bow)は、
性質が、【ΣPDA】(篩、497)と同じ、という話なのだ。(※震える)
ところが…「鹿葦津姫」は、いわゆる火中出産する。(※「佐久夜毘売」)
「沙本毘売」(佐波遅比売)も、火中出産する。結局、
この両者の共通性は、設定されたもの、と言えよう。
* * *
何度も述べてきた通り、「篩」は、「kūṣu」(coldness)を含意。(※「shivering」)
したがって、シリア語の【SRDA】(篩、377)は、実のところ、
印欧系の「sarəta」(cold)と同源である。更に、「鹿葦津」は、
「kāšidu」(conquering)や「qaštu」(弓)のほか、もう明らかに,
女性形の「kaṣītu」[SED7](cold)を表す。「ḫumṭu」(heat)は,
「ḫimittu」(shivering)とともに、「ḫamāṭu」(burn up)の派生語。
結局は、「佐波遅比売」の子の「本牟智和気」の「本牟智」は、
究極的には、「ḫimittu」(shivering)を指向するもの。そのとき、
「本牟智和気」は、「鹿葦津姫」とか、「猿田毘古」に通底する。
#おそらく書いたと思うが、いわゆる難波津の歌において、
#「なにはつ」に、「さくやこのはな ふゆごもり」と謡い、又、
#「いまははるへと さくやこのはな」と謡われる。そのとき、
#「はるへ」は、「春辺」とともに、「ḫalpû」(frost)を指し示す.