アッカド語の「turāḫu」(chamois)が有り、それとは別に、
梵語の「trapu」(錫)が有り、そして、「sīsa」(鉛)が有る。
「trapu」(錫)については、さしあたり、横に置いておこう。
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「kayyamānu」[SAG.UŠ](permanent)=「土星」だから、
「岐奴」=「kīnu」(permanent, true)=「土星」としてよい。(※既稿を見よ)
然るに、シュメール語に、「si-sa2」(true)という語が有り、
初期仏典に既に出てくる梵語に、「sīsa」(鉛)が有るのだ。
宮坂宥勝氏の著書に拠ると、『サンユッタ・ニカーヤ』とか,
『ディーガ・ニカーヤ』に、「sīsa」(鉛)等の金属が登場する。(※『仏教の起源』)
この「sīsa」(鉛)は、「si-sa2」(true)=「土星」というわけで、
「岐奴」や「鹿屋野」と同様に、「sīsa」(鉛)=「土星」、だろう。
#【ΣRYRA】(true、1022)=【PΣYΘ十A】(branch、1022)は、(※ペシッタ)
#【BRA ASYA MKRA】(水蛭子、781)なのである…これは,
#要するに、【SORA SWMQA】(鉛、781)=「土星」ということ。
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>『常幸(トコサチ)の使者、亀島にて鬼(カミ)に「建て直しの世よ‥」と告げ』(95/01/24)
(※ARIONのハロー・メッセージより)
上述の言語学的な結論を踏まえて言うなら、当該メッセージの「使者」は、
「si-sa2」(true)=「kayyamānu」[SAG.UŠ](permanent)=「土星」であり、
「常幸」(登許佐知)の「常」(登許)も、「kayyamānu」(permanent)=「土星」
と言えよう。このことは、「常立」(登許多知)を捉える上の前提条件である。
ハロー・メッセージに、「死者」は無く、「使者」は、当該の一ヵ所のみなのだ。
「sīsa」(鉛)=「土星」を示す唯一の箇所だから、この預言は、とても大事だ。